郡山駅前の近況など  2017年8月

昨年の6月に取り上げた郡山駅前の状況であるが、ダイワロイネットも完成して半年が経った事でもあるし、この辺で一旦今年の分として取り上げておこう。

まずは、郡山市民なら誰もが気になるダイワロイネット郡山からだろうか。長らく建設中で有ったダイワロイネットも無事竣工し2017年の2月中旬から営業を開始した。ホテルの方は郡山市民が利用する事はほぼないだろうが、お客さんを案内するとなれば郡山で一番新しいホテルでかつ駅の目の前であるからなにかと都合がいいだろう。今迄だと比較的新しいホテルとなると東口のコンフォートか、美術館通りのドーミーインでどちらもちょっと遠かった。
一方、期待のかかるテナントフロアであるがこれは予想にたがわず微妙なものになったw。入っているテナントは後述するとして、気になるのは空きテナントの方だ。以前から何度か書いているが、とにかく駅前の一等地と言う事でその賃料が高いと周辺の飲み屋では持ち切りであり、すが波さんよく入ったなぁといった声が聞かれるものだ。
開業当初は少し遅れてテナントも埋まる様な話も有ったが、半年経って埋まっていない状況を鑑みれば、少々残念ではあるものの結局これが現時点での郡山の実力値ということになる。

ビルも完成しダイワロイネットが営業を開始して半年だが…テナントフロアの空きが気になる
daiwa_roynet_hotel1.jpg

さて、僕が去年勝手な予想を立てたが実際のテナントを見てみよう。まずは牛タンの利久であるが、これは素直に良いと言える。気軽に牛タンを頂けるし結構混んでいるように見えるが、回転が速いのでそんなに順番を待たずにも済む。味は仙台の牛タン屋と同じだし、店の狭さまで同様だw。その狭さもくつろぐ様な店じゃないから、下手に広いとくつろがれて回転が落ちてしまうからむしろ狭い位が都合がいいのだろう。
次はドトールであるが、まぁこれは可もなく不可もなく普通である。しつこい様だが僕的にはプロントが良かったのだけど(夜メニューで軽く一杯二杯飲むのに丁度いい)、出来てしまったものは仕方あるまい。だた、20時まで営業しているものの、やっぱり夜はすいているようなのでアルコールを出す店の方が売り上げが立ったんじゃないかと思うのである。
そして、寿司屋の築地魚力である。外の看板には郡山人の所得にあわせてくれたのかw、お安いメニューが載っているが実際に食べてみると何だがお味の方もお安い印象で、これならピボットの中の海鮮丼を食べた方がいいなと思ってしまう。これではちょっと期待外れというか先が思いやられる。
最後にニャーベトナムであるが、個人的にはそもそもベトナム料理を食べようと思わないので、飲み会でも設定されない限り利用する事はなさそうだが、ホテルの朝食を請け負っている様だから何とかやっていけるのかも知れない。

ヨドバシ側からの眺めはとても良い
daiwa_roynet_hotel2.jpg

お次はダイエー跡である。建屋を解体後は当初の発表通り駐車場となって営業している。ただ、こんなところを駐車場にしてどれ程の需要があるのかと思っていたが、どういう訳か予想に反していつも車が一杯になっている。一体どこからこんなに利用者がは集まって来るのか個人的にその理由を知りたい位だ。ただ少しだけ想像がつくのは、駅の近くの割には駐車料金が安いのと、平面駐車場であると言う事だろう。安い事は説明不要だが、平面駐車場であるというのは特に女性からすると有難いもので、例えば、みずほ銀行隣のうすいの平面駐車場は平面であるがゆえ駐車し易く女性が利用しやすいと言う事なのだそうだ。

尚、せっかく1ブロック4辺全てが道路に面し、まとまった大きさがあるこの土地が駐車場というのはなんとも勿体ないが、ここは大町区画整理事業が進まないとどうにもならないといったところなのだろう。実際その区画整理事業の道路拡幅部分はしっかり除いて造成してあるのも見て取れる。これを見るとおおよそこのラインで拡幅される様で、そうするとその先にあるマギーのタワー駐車場は道路に引っかからないのが分かる。

ダイエー跡の駐車場は区画整理事業の道路拡幅部分を除外済み
elite_park.jpg

次も同じくエリート物件のエリート42ビルで有るが、まずは新聞報道を引用しよう

郡山・エリート42ビル、年内解体へ 入居店舗と契約終了次第(2017年02月05日 08時44分 福島民友)
 JR郡山駅前のエリート42ビルが年内に解体されることが4日、所有する不動産賃貸業エリート(郡山市)への取材で分かった。解体後は駐車場として活用する方針。
 エリート42ビルは、かつて旧丸光百貨店郡山店として営業していた。1967(昭和42)年に地下2階・地上8階建てで開店し、80年に閉店した。現在はエリートが商業ビル「エリート42」として運営。居酒屋などが入居している。入居している店舗との契約が終了次第、解体工事に入る見通し。
 同ビルは郡山駅前大通りに面しており、同社は今後、駅前活性化に向けて活用方法を模索するという。


このビルは元々昭和42年丸光が仙台から進出し、デパートを営業していたものだが、地元デパートのうすいや、その後のイトーヨーカドー、西友、丸井、ダイエーといった大手資本が郡山に進出してくると、競争が激化し郡山からの撤退を余儀なくされる(余談だが丸光はその後、ダックシティ、ビブレ、さくら野と変遷を経たものの、2017年2月27日倒産してしまった)。
丸光撤退後の残ったビルは朝日生命が取得し、上層階をオフィスに下層階をテナントスペースに改修、朝日生命郡山センタービルとして2013年頃迄と結構長いこと所有していたようだが、朝日生命自らは清水台に移転しビルはエリートに譲渡。いつの間にかエリートビルになっているなと思ったのもつかの間、解体との方針になった。実際7月下旬頃から囲いがなされ解体工事が始まったようだ。

丸光百貨店、朝日生命郡山センタービルそしてエリート42ビルと変遷したこのビルも解体が始まった
elite42_3.jpg

丸光撤退後の朝日生命が所有していた時代のテナントスペースは、僕からするとまともにテナントが入っていた時期など殆どなかったのではないかと思う。親に連れられて街に行ったとき(街という表現が懐かしい)、高校生になり自らチャリンコで来るようになっても、働き始めて酒を飲みに駅前に来てもずっと空きのままだった。
結局所有がエリートになってもそれは変わらなかったし、丸光は昭和42年に進出したと言うから築50年にもなる古いビルを耐震補強までしてリニューアルする気など起きなかったと言う事なのだろう。

このビルはテナントが埋まったことなど見た事が無い
elite42_2.jpg

この、解体されるエリート42ビルを見て思う事は、市街地活性化の為に新たな枠組みが必要だと言ったことだ。つまりどういう事かと言うと、1ブロックの土地の内、過半数以上の面積を所有する者は、極めて近い条件の土地と区画を交換できる権利を持てるようにしたらどうかと言うものだ。
例えばエリートは、駅前2丁目1駅前2丁目2の両方のブロックでそれぞれ51%以上の面積を所有しているが(衛星写真で見える駅前2丁目1の駐車場はエリートの物だ)、エリート以外の所有となっている低層の建物は、どちらかのブロックに移動(交換)集約し手放す代わりに、エリートは残った1ブロックの4辺が道路に面した土地として丸々所有できるといった具合である。その移転改築費用はエリート持ちとするが、その為少々負担があるものの4辺が道路という土地は貴重であるがゆえ価値があり活用の幅が広がるし、移転する方も小汚い建物にしがみつくよりよっぽどいいと思うのだが果たしていかがだろうか。
これは勝手に僕が考えた案に過ぎないが、しかし、こういった事が出来ないから地方の中心市街地は硬直化し衰退しているのである。それゆえ活性化の仕組みは必要な事に違いないし、その仕組みについてはまた別の機会に改めて考えてみたいと思っているものだ。

せっかくビルを壊すなら何か活性化の仕組みが欲しい
ellte42_1.jpg

さて今度は東口に来て、去年工事していた東西自由連絡通路のバリアフリー化を取り上げよう。バリアフリー化については今年の5月頃には大体終わった様で、残りは自転車置き場を整備し直している。この東西自由通路は暫定などと言いながら長いこと放置されてきたが、何てことは無いやれば出来るじゃないかと言ったところだ。

上り下りのエスカレーターと奥にエレベーターが設置
koriyama_east_enter_new1.jpg

写真だとエスカレーターしか見えないが、きちんとエレベーターも設置されているし、以前はクランク状に曲がっていた通路も、直線的に改められている。そしてまだ新しいだけに小綺麗な印象もよい。

まだ新しいだけに小綺麗な印象
koriyama_east_enter_new2.jpg

郡山の駅裏は、ホームの他にJR郡山工場や日本オイルターミナルの待避線等がある為、線路を跨ぐ幅が広く結構歩く距離があるのは致しかたあるまい。これは今すぐではなく追々で構わないが、この連絡通路に改札を設けホームへ行けるように整備するといいだろう。

多少歩くがこれで及第点はつけられる
koriyama_east_enter_new3.jpg

最後に、郡山駅前とは離れるが新しく開業した郡山富田駅について触れておこう。これは磐越西線の駅として郡山駅と喜久田駅の間に出来たものだ。1度ぐらいは乗って見なければならないだろうと、試しに乗って見たが郡山からだとものの5分と経たず到着である。バスとは違いこの定時性は中々よいものだ。ただしワンマン車両だったので無人駅で有る当駅で降りる場合、最前車両の運転手の所から下車するようアナウンスされていたが、それを知らずに最後尾の車両に乗ってしまった為、流石に4両編成の車両で一番前まで狭い車両の通路を歩かされるのは閉口してしまった。しかもSUICAで乗った場合は何かチェックする訳でも無いという、天下のJRとしてはお粗末なオペレーションは改善願いたいところだ。

郡山富田駅ホーム
koriyama_tomita_st1.jpg

駅前にはロータリーと自転車置き場が整備
koriyama_tomita_st2.jpg

駅自体には簡単な駅舎とロータリーそして駐輪場のみであり、特にどうって事ないものだが、取り合えず当面はこれで十分だ。だだ単線なのに交換設備つまりすれ違い不能なのが残念だ。今の所運行頻度は1時間に1本であるから交換設備は不要とのことだろう。近くに奥羽大や郡山北工があるからそれらの通学需要はある程度見込まれるが、それ以上となると中々難しい様にも思える。それは一般的な郡山市民は、駅の有難みなどまず理解出来ないから、クルマがあるのに駅?なんで?位の感覚だろう。この辺りは、郡山の交通をどうするのかという都市としての方向性の問題でありこれもまた別に考えてみたいところだ。

線路と道路を跨ぐ歩道橋も設置
koriyama_tomita_st3.jpg

奥羽大や北工が近いせいか日曜日にも関わらず結構若者の利用者がいた
koriyama_tomita_st4.jpg

最後にこの郡山富田駅が出来て一番喜んでいるのは誰かと言えば、それはセブンイレブン郡山奥羽大学前店のオーナーではなかろうか。だって駐車場の敷地こそ半分取られてしまったが、この連絡通路のおかげで駅利用者の吸引効果は絶大だと思うのだw。

この歩道橋はセブンイレブンへの吸引効果は絶大ではないかw
koriyama_tomita_st5.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

更新楽しみにしていました。
丸光撤退後最初に入ったのはサンキョウ(現ゼビオ)だったと思います。内階段式で1〜2階まである広々とした売り場だったと記憶していますが(何度も利用したわけではないのでひょっとしたら勘違いかもません)。

Re: No title

> 丸光撤退後最初に入ったのはサンキョウ(現ゼビオ)だったと思います。内階段式で1〜2階まである広々とした売り場だったと記憶していますが(何度も利用したわけではないのでひょっとしたら勘違いかもません)。

確かに丸光跡にサンキョウが入っていたと言うのは何となく聞いた事が有りますので(駅前にサンキョウがあったのは確実な筈)一時期入っていた事があったのかもしれませんね。
ただ、昭和55年当時、僕は5才なので記憶が無く分からないもののその後、記憶が残っている範囲においては、いつも空きになっていたとのイメージしかありません。
また、この辺りに地下歩道があって地下店舗に出入り出来る様にはなっていたものの、やはり空き店舗だった記憶があります。近年、地下歩道は埋められて地下店舗だけは居酒屋として営業していましたね。

No title

新くなった東口のエスカレーターを登っていて違和感を感じていたのですが、郡山駅のエスカレーターはなぜ右側が上りなのでしょうかね?
何となく駅の中も右側通行のような気がします。
プロフィール

あさか野

Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR