(番外編)隣県の県庁所在地を訪れる(2015年5月) 茨城県水戸市

以前(2014年の秋)に思いつきで山形市を訪れそれを記事にしたけど、そこにはなかなか厳しい現状があった。しかし山形市の現状は少し極端の様にも思えるし、他の都市は一体どのような状況なんだろうと興味も湧いたので今度は福島県の隣県の県庁所在地を訪れてその様子を伺ってみようと思う。

そこで第1弾となるのは茨城県の水戸市である。なんで手始めが水戸なのかと言えば、ゴールデンウイーク中に混んでないだろうと勝手に想像していたというそれだけの理由(偕楽園の梅が咲く時期以外は混雑する要素が思いつかない)。ここ数年インバウンドつまり外国人旅行者が増えたと言う事なのだが、確かにその実感は僕にもあってちょっと前なら地方都市のビジネスホテルなどは春の連休やお盆などでもじゃらんや楽天で苦も無く予約が取れたものだが、最近は直前予約は難しくなってきている。そんな折宿の予約も出来たしとりあえず水戸にでも行ってみる事にしたのである。
今回はクルマを使わず公共交通機関を利用してみる。郡山と水戸と言えば水郡線があるが、それは復路に使うとして往路は高速バスでいわきを経由しいわきからは常磐線で水戸へ向かう。

まずは、いわき行きの高速バス「いわき・郡山・会津若松」線である。いわゆる磐越ラインを結ぶこの「いわき・郡山・会津若松」線であるが、郡山駅のバスターミナルを見ていると写真の通り乗車客が並んでいるという光景が普通にみられ、いわき・会津若松方面ともに利用する人が結構多い路線でもある。同じ県内では「郡山・福島線」、「いわき・福島線」、「会津若松・福島線」という高速バス路線もあるが、これらとは利用者のケタが違う需要があり重要な路線だと言えるだろう。このことから「いわき・郡山・会津若松」を結ぶ磐越ラインには県土の発展軸としてのカギがあると思えるのだが、これはまた何か別の機会に考えてみたい。

いわき-郡山-会津若松線 会津バスのいわき行が間もなく発車
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但しどうでもいい欠点をいえば、県内という比較的短い距離を運行する為か共同運行する新常磐交通、福島交通、会津バスの各社共々ポンコツ車両がやってくることで、特に福島交通の運行担当分がひどかったりするのだ。(23年以上は経っている初代エアロバスはさすがに古過ぎで排ガスが酷すぎるよ)

いわき-郡山-会津若松線 こちらは新常磐交通の会津若松行 利用客は結構多い
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郡山駅ではちょっとコーヒーでも飲んで休憩としたかったので写真の便ではなく1本後の便で出発することにする。(これも朝夕に限り1時間に2本の設定があるからこそ可能だといえる)
今回この路線に初めて乗ってみたが、郡山市内は県道57号と73号を通り郡山東インターで磐越道に入る。もし内環状線の東側部分が整備されれば混雑する旧食品団地を通らずに済むから10分程度の時短が見込めるように思えるし、さらに磐越道に乗ってからは一旦小野インターで高速を出て乗降扱いをするので(本線上にバスストップがない為)、乗降客が居なくても5分のロスがある。もしこれらが解消されれば、名目上の所要時間は15分短縮され1時間35分と言う事になるから感覚的にはだいぶ早くなったように感じるのではないだろうか。さらに高速道路の通行料は長距離逓減制であるため通しで乗った方が安くなるから、本線上にバスストップが存在すればそれは僅かながらも運賃にだって反映されることにもなるし、二本松バスストップの様に水戸~仙台間の別路線が利用できる可能性だって出てくるのである。

いわき駅に到着 ペデストリアンデッキの1階部分はバスターミナル
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今回あえて、いわき行きの高速バスを利用したのは(磐越東線は使い物にならない)新しくなったいわき駅を見てみたかったからというのもある。アルパインの看板と駅ビルの商業施設ヤンヤンがあった昔のいわき駅は知っているのだが、2007年にいわき駅が新しくなりそして商業フロアを含む複合ビルのラトブを今まで訪れた事がなかったからだ。

いわき駅はコンパクトにまとめられた
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新しくなったいわき駅は、ペデストリアンデッキおよび南北自由通路と一体化しさらに橋上駅としたものだ。商業施設はラトブに任せたと言う事なのだろう、駅ビルにはコンビニ等がある位でコンパクトにまとめられている。またペデストリアンデッキを設けたと言う事で地上部分をバスターミナルとし駅前の敷地を有効に利用していることも受け取れる。改札をでるとすぐ南北自由通路となるのは関東圏にある駅の様な雰囲気だ。こういった空気がつうつうの通路というのは、郡山あたりだと冬場は寒くてしょうがないのだが、いわきなら冬でも穏やかな晴れの日が多いから問題ないといったところか。

改札を出れば自由通路というのは関東にある駅のような雰囲気
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いわき駅前の集客を託されるラトブ
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次はいわき駅前のラトブである。前述したヤンヤン後継の商業施設として、あるいは図書館をはじめとする公共施設として、また上層階はオフィスとしての機能を備えた複合ビルである。いわきと言えば地元百貨店の大黒屋も無くなってしまったし、このラトブがいわき駅前の集客を託され、そして担わなければならない存在なのだろうが果たしてそれはどうだろう。ざっと中を見た感じでは閑古鳥が鳴いている程でもないが、混んでいるという程でもない。いわゆる可もなく不可もなくといった具合なのだが、しかしそれではいわき市全体からの広域集客というのは厳しいだろう。どちらかと言えばいわき市平地区の最寄り店といった所だ。そういう意味ではラトブもまた駅利用者の為にある関東圏の都市型店舗のような雰囲気ではあるのだが、ただ悲しいのは関東圏の駅とは違い駅利用者の絶対数が少ないことだ。

水戸支社管轄だけあって普通列車も関東仕様
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いわき駅とラトブを眺めたところでそろそろ水戸へ向かうこととする。改札を通りホームへ降りると管轄がJR水戸支社だけのことはあって普通列車も関東仕様の奴が止まっている。余談だがJR仙台支社管轄となる郡山は写真の陰にいるようなポンコツ車両ばかりであるが、鉄道利用者数からいうと仕方がないところか。いわきからだと水戸までは普通でも乗り換えなしで行けるとの事だが、はたしていわきと水戸の間にどのくらいの需要があるのか気になるところだ。
なぜならばいわき・水戸間が普通列車で約1時間30分1,660円に対し、いわき・郡山高速バスで1時間50分1,600円であり時間的にも値段的にも重なっているが、こうなった場合県内県外というものは関係なく魅力のある都市の方に需要が向かう事になる。福島県からの需要の流出を防ぐという観点から考えるとするならば、おのずと磐越ラインの重要性が理解できるだろう。

特急ひたち号はいわきが始点・終点
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今回は奮発してあえて特急ひたち号に乗ってみた(特急の速達効果は30分程でその差額は1000円)。一応連休中の期間であるから座席指定券を購入した方がよかろうと、そうしたのだが実際は乗ってみたらガラガラだった(水戸以南は混雑するとのこと)。席に座ればなにやら頭上に赤・黄・青のランプがついてて、緑ならば座席指定券を購入しなくても座っていいとの事。但し座席指定の有無で料金が変わらないという、今一つよくわからない制度で運行されている。

さて、常磐線には並行する新幹線がない事からまだまだ長距離輸送の役目を果たすため特急が存在している。従来は仙台から通しで上野まで運行されていた特急ひたち号であるが、ご存知の通り震災と原発事故でいわき止まりを余儀なくされている。しかしJRはそもそも2012年の春から上野~いわき間と、いわき~仙台間とに分割した上で直通廃止のプレスリリースを震災前に出しているから、いわき~仙台間の需要が少なかったことがわかる(東京から仙台にいくなら通常新幹線に乗るだろう)。このことはこれからの人口減少の局面にあたり、JRのような大企業でも生産性の向上は至上命題であるということだ。はたして数年後に常磐線が復旧する予定だが、沿線住民が減少しているさなか(原発事故で非難した住民が帰還するかは未知数だ)仙台・いわき間の特急というのは持続可能なのかという懸念がわく。

イオンモール水戸内原
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いわきからは1時間ちょっとで水戸へ到着。まずは郊外店の様子を見てみようと、イオンモール水戸内原店へ向かうため普通列車に乗って内原駅へ。イオンと言えば郊外店の代表とでもいえる存在だが、意外と駅チカのイオンというのも多い。イオンモール名取店や越谷レイクタウンなどは駅直結だし、このイオン水戸内原店も直結とまではいかないが内原駅から徒歩10分で多くの若者がイオンへ向かって歩いて行く。
店舗の方は建屋の真ん中が吹き抜けとなりその両脇が通路、そして両端にテナントが並ぶ言わずもがなのフォーマットをもったイオンモールである。僕は何店舗かのイオンモールを見てきているのでもはや金太郎飴のようにしか見えないが、しかし地元のイオンモールしか利用しないと考えるなら多少のテナントの違いこそあれ日本全国で統一されているこのフォーマットは最先端という訳ではないが、安心感がある事は間違いない。事実写真の通り駐車場も一杯で店内も混雑している。その功罪は別として日本の各地でこのような状況を引き起こしているイオンの経営努力というのは相当なもので有ることは認めざるを得ないし、僕は別にイオンの回し者でも何でもないがイオンを批判する人達は自らはどれほどの経営努力をしているかを認識し無ければならないだろう。

さて今日はここまでとして水戸駅前の宿へ戻る。明日は水戸の中心市街地を見て回ろう。

水戸サウスタワーヤマダ(当時)と水戸エクセルビック
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水戸駅南口線が伸びる
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翌日の朝であるがまずは水戸駅南口から。比較的新しい感じのする駅前広場を兼ね備えたペデストリアンデッキとそれらを取り囲むビル群そして駅からまっすぐ伸びる道路など中々小ぎれいな雰囲気を持つ南口であるが、これは国鉄の操作場跡を再開発したものであるようだ。
地方都市で線路を跨いだ駅の両側をこれだけ開発できるのは中々立派であると思うがしかし、それがうまくいっているとは限らないのである。
現にヤマダ電機が2015年5月での大量閉店の発表を行い、このサウスタワーのヤマダも対象であったため閉店してしまったが、しかしそのあとの後継テナントはまだ決まっていないようなのである(サウスタワーホームページも更新されないままだ)。
ヤマダはサウスタワーの7フロアを年間5億円で借りていたとされていて、17億円の違約金を払ってでも撤退した事実はここでは商売にならないと言う事を広く知らしめてしまった。現時点で後継テナントが決まっていない状況はそれを物語ってもいるし、なまじ建屋も新しいから20年が経過したMYM(マイム:丸井水戸店が入るビル)の様に賃料棒引きなどということは出来ない事情もあるのだろう。約3年半分の賃料に相当する違約金を受けたとはいえ果たしてその3年半以内に後継テナントを見繕う事は出来るのだろうか?

重要文化財の弘道館 いかにも日本的で趣もあるが昔のお屋敷の域を出ていない
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さて今度は水戸駅北口から水戸の街ナカを散策してみようと水戸藩校の弘道館へやってきた。水戸と言えば徳川御三家である水戸徳川家ゆかりの地でありそれゆえ歴史のある街であることに違いないのだろうが、だからといってそれを活かしているのかといわれればそれはやっぱり別問題だ。この弘道館は国の重要文化財ではあるが、あちこちのお城や神社仏閣などを見て回った僕からすれば、昔のお屋敷だというだけで(重文だから変なことは出来ないという事情があるのかもしれないが)その展示内容と言えば通り一遍ごくごくありふれた感じのものとしか受け取れなかった。

三の丸庁舎は現在でも県庁の分庁舎として使用
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弘道館の隣には先代の茨城県庁舎である三の丸庁舎がある。昭和5年に出来たというこのいかにもレトロな庁舎を1999年に新庁舎が出来るまで使っていたというのは驚きであるが、現在も分庁舎として使用しているようである。日本は歴史的なものというと近世(江戸時代以前の物)を特に有難がる傾向があるように思う。それはいかにも日本的だし江戸時代の藩が現代の街の基礎となっていることが多いから仕方ないのかもしれないが、近代のこういったモノを活用すると案外面白いものが出来るように感じるのだがいかがだろうか?

水戸芸術館のアートタワーは近くだと案外目立たない
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宙吊りの岩と「。。。。○△た」 もはや意味不明だがしかしアートとなればロジックは不要か
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お次は水戸芸術館へ。以前偕楽園に来た時に、那珂川に架かる斜張橋から変なタワーが見えていたのを覚えているがその正体はコレであった。遠くからだと結構目立つアートタワーだが、三の丸庁舎から街ナカを歩いてくると建物に隠れて意外と目立たない存在だ。さらには宙吊りになっている岩などもう訳が分からないが、アートとなればロジックは不要という解釈をするしかありませんねぇ。
水戸芸術館自体は音楽ホール、舞台、美術館の複合施設との事だが、この日は敷地内ではフリーマーケットが行われていたので普段は繁華街にある広場的な要素も兼ね備え親しまれているのかもしれない。

京成百貨店 コーナー部分のガラス張りの吹き抜けがアクセント
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水戸芸術館から南へ歩いていくと京成百貨店が国道50号の一画を丸ごと占有する形で突如として現れる。この場違いな位に巨大な店舗はコーナー部分のガラス張りの吹き抜けがアクセントとして目を引き、そしてまだ新しい印象をうけるがそれもそのはず2006年に新築移転との事。
京成と言えば鉄道会社であり、あのオリエンタルランド(ディズニーランド)の親会社でもあるが、かつては1都2県(千葉と茨城)で百貨店を営んでいたものの、水戸以外は全部やめてこの水戸店は百貨店という直接的な競合相手がおらずイケると踏んだのか新築移転するなど妙な覚悟を決めて経営しているようだ。
店舗自体は新しくて広いし、高島屋グループと言う事もあって百貨店としては手堅いとようにも思えるしこの日は結構人出もあった。でも地元民でない地域の事情を知らない僕からするとその立地場所にはなんとなく疑問を抱く。

吹き抜けの下の部分も中々おしゃれな作りだ
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そこでちょっと調べてみると、この辺りは泉町といい水戸一番の繁華街で有るとの事で、昔はもともと伊勢甚という別なデパートもあり京成は国道50号を挟んだ向かい側に建っていて(確かに今では廃墟のようになっている建物があった)、伊勢甚と京成の間で結構人通りも多かったようだ。しかしせっかく2006年の3月に京成が新築移転する直前の2005年11月にイオン水戸内原ショッピングセンター(今のイオンモール水戸内原)が営業を開始すると、泉町の人通りが激減してしまったという。
しかし僕が受けた印象はそもそも泉町自体が京成以外に主だった店もなくて商業地という雰囲気がしないうえに、駅から1.5kmと地味に遠くて微妙に不便な場所にも受け取れる。駅と繁華街が離れている都市というのは確かに多いのだが、しかし郊外店の攻勢にあっている現状からすると、地方の中心市街地で核店舗が分散しているというのは、今後10年20年の先を睨むともはや成り立たないのではないか。
これは結果論になってしまうが、水戸サウスタワーの所に出店していれば店舗面積は小さくなってしまったかもしれないが、少なくても利便性は今より良かったことは違いないし、丸井やエクセルとの集積による相乗効果だってあったかもしれないとも考えられる。昔からの繁華街なのだと言うと何の疑念も抱かなかったのかもしれないが、例えば新潟市の古町の様に寂れてしまう事もあるから決して安泰ではないのである。

アーケードがある国道50号の歩道
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メインストリートたる国道50号
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京成を見終えたあとはバスに乗っても良かったけど国道50号を歩いて水戸駅に戻る。メインストリートたる国道50号の歩道の一部にはアーケードが有ったりもしたが商店街という程の感じは受けず、常陽銀行本店やら東電があったりとどちらかといえばオフィス街的な所だろうか。昔は県庁が近くにあったから、もう少し賑わいもあったのかもしれない。こういっては何だが地方にとって県庁や市役所等の役場はそれ自体が1つの産業なのである。

水戸東照宮は派手な作り
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駅の近くまでやってくると水戸東照宮というのもがあったのでお参り。なんだか派手な作りで趣なんてこれっぽっちもないが、本家本元の日光東照宮が派手なのだからこれは致し方あるまい。

LIVIN(西友)跡は解体されたまま手つかず
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お参りを終えたら水戸駅北口へ。水戸へ来る前の下調べでは水戸駅前は衰退が著しいとの事だったのが、確かにこのLIVIN(西友)が閉店し解体されたものの手つかずになっていることからも受け取れる。いま歩いてきた国道50号の常陽銀行本店向かいではタカラレーベンのマンションが建設中だがここには元ダイエーがあったとの事だし、(水戸を訪れた時はまだ分からなかったが)さらに南口はヤマダ閉店となった。最後の砦となるのは丸井水戸店なのだが2013年に20年の貸借契約の満了を迎えた際、賃料の棒引きを受ける形で5年の契約延長どうにか決めた経緯があるうえに売り上げも低迷していて実情は相当に苦しいようだ。

丸井水戸店は活気が失われている
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丸井郡山店が閉店となり今では北限となったその丸井水戸店を覗いてみると、ガラガラではないのだが客足が心もとなく残念ながらその勢いは失われているように感じられる。そして店舗から受ける印象は一体どの層をターゲットとし訴求していくのか考えあぐねているようなのだ。僕のような世代には丸井やパルコにはオシャレなイメージしかないのだが、今の若い世代にとってはそうではないと言う事かもしれない。しかし同じようにアパレルを中心とするエクセルは結構盛況にみえるがそれは決して駅ナカというアドバンテージだけではない筈だ。このあたりが丸井にとっての課題なのだろうが5年の契約延長の残りあと3年ではたして解決することが出来るだろうか。

水戸駅北口 人影が少ないのは休日としてはまだ朝早い時間に撮影した為
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今回水戸を訪れて見ると地方のご多聞に漏れず郊外のイオンは元気であって、中心市街地は店舗によって明暗があるもののやや苦しいといった印象を受ける。それは有数のクルマ社会である北関東の地域特性から当然の事のように思えるのだがしかし、郡山市民からすると本当かとちょっと疑いたくなる部分もある。それはクルマ社会であるとはいいながら鉄道利用者が郡山なんかと比べれば段違いに多いと言う事で、10両編成の常磐線の普通列車が立ち乗りになる位に乗客がいるのである。水戸市の人口は約約27万人で郡山より少ないのであるが一体これだけの人がどこから電車に乗ってくるのかと不思議ですらあるが、それに伴って駅の利用者も確かに多いのだ。
それはやはり水戸は腐っても関東圏だということなのだろう。しかし駅にはこれだけ人がいるのにダイエー、西友、ヤマダと閉店し、丸井も虫の息である。水戸地区で路線バスを運営する茨城交通も経営破綻するなど、口が悪い言い方をすれば「お前ら揃いも揃って一体なにやってるんだよ!」となってしまうのではないか。クルマ社会の地方では郊外の駐車場があるイオンが…と確かにそれも一因だろうが、しかし若者達は内原駅から歩いてイオンに行っているのである。
例えば「郊外=クルマ」に対して「街ナカ=公共交通機関」とするならば、「街ナカ=公共交通機関」にしかないインセンティブを与えれば良い訳で、つまり公共交通機関で街ナカに来れば「なんだか得しちゃう」と思わせる事だ。いずれにせよこれだけの人が駅にはいるのだからまだ打つ手は色々考えられる。少なくても僕は郡山駅で恒常的にこれだけの人というのは見た事がないのだから。

さて、水戸の中心市街地も一通り見終えたし水郡線で郡山へ帰る事とする。水郡線など混んでいないだろうと思っていたら意外と混んでいて常陸大子までの区間は利用者が多く、なるほど茨城側は必要な路線で有る事が伺える。対して県境を越えて福島側の利用者はぐっと少なく、今日は連休だから僕のような物好きが10人位水戸から通しで郡山迄乗っていたようだが普段はそんな人もいないのだろう。
現に福島側の駅は交換設備を撤去してしまって単線なのにすれ違いの出来ない駅も多く、維持管理費の低減を図っているのが見て取れる。正直なところ福島側は運行すらしたくないのではないかとさえ思うが、福島側の営業係数(100円の利益を得るのにかかる経費)を持ち出されたらぐうの音も出なくなりそうだ。
しかし、今後将来を見据えるなら水郡線は福島茨城の県境越え区間の廃線もやむ無しとならざるを得ないのではないか。その地域の住人は(大して利用もしないのに)猛反対するだろうが、その結果もうどうにもならない最悪の状況(例えば災害による不通など)になってから押し切られてしまうのがオチである。実際に只見線などはいい例で平成23年7月新潟・福島豪雨で只見川にかかる橋梁が流出・崩落し不通となっているが復旧には85億とも100億ともかかるとされており4年たった現時点でも復旧がなされていない。
そうなる前に何らかの善処策を考えた方が前向きだし建設的である。例えば水郡線なら川東から新ルートを建設し福島空港のアクセス鉄道へと役目を転換させ福島空港利用者の需要を取り込む。既存の川東より先の区間は廃止とし代替バスへ移行とするが、その代わり川東までの普通列車と川東・東舘間の代替バスとも運行頻度を上げる事を条件とするのである。福島空港の新ルートだって、赤字区間の廃止とのバーターを持ち掛ければ岩泉線廃止時の様にJRも一部費用を持ってくれる可能性だってありえる。*1
廃線などというと俺たちを切り捨てるのかというかもしれないが、現状の水郡線のように日中何時間も運行されない時間帯があるより、バスであっても運行頻度が高い方が利便性も高まるだろう。これからの人口減少を見据えて持続可能性を探っていくのは必要な事なのだ。

*1 岩泉線の廃止について - JR東日本 この中の【地元貢献について】の項目にJRが「岩手県が計画する一般国道340号押角峠の道路改良の事業に要する費用の一部について資金提供を行う。」とある

水戸をでて3時間15分かけてようやく郡山に到着。郡山の水郡線ホームはなぜか端に追いやられているのは、儲かっていないからなのか管轄違いだからなのかは不明だがそこまで冷遇しなくてもと思う。しかしホームに降り立てば郡山駅は在来線の利用者が少ない。まずは郡山にとっては駅に人を集める事。つまり手前みその様で申し訳ないが拙案の2020構想のような鉄道利用促進策の実施は急務と感じる。中心市街地の活性化は又その次の話だ。

郡山駅は水郡線のホームが端に追いやられている
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2017/5/8 追記
ヤマダ撤退後空フロアとなっていた水戸サウスタワーに、およそ2年ぶりの2017年3月18日オーパが開業したとの事で、1ヶ月程経った4月中旬の日曜日にその様子などを見てきたので少し書いてみたい。

オーパとは元々イオンが買収したダイエーのファッションビル業態であり、ダイエーのスーパー部門は続々とイオンへ転換がなされているさなか(ダイエー仙台店も2016年3月イオン仙台店に転換済み)、ダイエー最後の財産ともされるオーパはイオンも何か思うところがあったのだろうか、自社ブランドのフォーラスを廃止して迄オーパを展開していく動きを見せている。
実際、秋田フォーラスは一旦閉店の上、2017年秋にオーパにリニューアルオープンの予定であるし、大分フォーラスは老朽化したビルを解体新築した後、オーパとして再開するとの事だ。残る仙台や金沢はどうなるか分からないが、オーパへの転換の方向だともされる。さらに2017年秋には高崎にもオーパが開業するといった具合にだ。また傘下のビブレもオーパへ統合するなどとも伝えられる。
以前イオンはパルコの買収に失敗(パルコ側が猛烈に拒否反応を示す)しているが、案外イオンはこのファッションビル業態を何か重視しているフシがあるようだ。

さて、実際の店舗であるがファッションビルとは言うが、ここ最近イオンがよく用いる体験型あるいはライフスタイル提案型とでもいえばいいのだろうかアパレルはそこそこにいわゆるバラエティ寄りの店舗構成であり、丸井の様なイメージとはだいぶ異なるものだ。また若い年齢層をターゲットとしているのだろう、取り扱い商品の価格帯も比較的低めなのが伺えた。
肝心な客の入りだが、混雑しているとも閑古鳥が鳴いているとも言えないそこそこな感じだが、見て回るに方にとってはは丁度いい位ではないかと思う。ただし、商品構成は個人的になにか物足りなさも感じられる。
オーパの命運はイオンの経営戦略次第だが、現時点では何となく微妙な感じもあるものの、イオンは今後10年先の人口減少時代における都心回帰の動きをを睨み、また、ネット時代のリアル店舗の在り方を含めこれから模索が始まっていくのだろうとそんな印象を受けたと記しておこう。

ダイエー最後の財産OPAにイオンの未来を託す
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余談であるが、ファッションビルの雄たる丸井もついで見てきたが、こちらは2年前より状況は悪化していて徳俵に足がかかるなんてものではなく完全に死に体となっている。店舗からは活気が消え失せ惰性だけで営業しているようなものなのだ。
これは以前新潟にあったラフォーレが閉店表明をしてから閉店までの期間に一度訪れた事があるが、やる気のない店舗独特の空気というのが漂っていたが、やはり丸井もまた同じような空気が漂っており、おそらくMYMの契約満了をもって残念ながら丸井水戸店は閉店となるのは確実ではないかとそう思わせるものであった。



2017/11/12 追記
来年2月の貸借契約終了を控えその去就が注目される丸井水戸店で有るが、やはりとでも言うべきか大方の予想通り先日撤退の方針が伝えられた。以下に新聞報道を引用する。

丸井水戸店、18年秋に閉店 アパレルなどの販売苦戦(日本経済新聞 2017/11/9 15:43)
 丸井グループは9日、JR水戸駅近くにある丸井水戸店(水戸市)を2018年秋に閉店すると発表した。
 水戸店は1970年に開業。93年に現在の場所に移転し、ピーク時の売上高は年間156億円だった。インターネット通販の台頭による競争環境の激化に加え、このところのアパレル販売の不振もあり、16年度の売上高は24億円まで落ち込んでいた。採算の改善は難しいと判断し、閉店を決めた。


幸い跡地は商業コンサルのやまきに譲渡され商業施設として新たにオープンする予定で、水戸駅南口の水戸サウスタワーのようにオーパの進出が決まるまで空きになったままと言う事は避けられる模様だ。
同日に発表された丸井グループの2017年4~9月期の連結決算は純利益が前年同期比21%増と復調が伝えられるが、その陰にはこういった不採算の店舗の閉店が有るわけで、切り捨てられる側の地方の人間にとってその発表はなんとも寂しいとものだったとの印象を受けたと示しておく。
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Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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