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(番外編)都市間競争における敗者の惨状とは 山形県山形市

前回の記事で去年僕は長期出張で少しばかり仙台に滞在していたと書いた。数ヵ月という期間ではあったもののこの仙台という都市、中心部は結構都会でとても人が多いが(郡山で商売を営んでいる方からすれば羨ましい限りだろう)、しかしながら郊外へいけば田舎でのどかなものでもある。また地下鉄を始め在来線やバスなど公共交通機関もそれなりに発達していてクルマの無い生活というのも可能であるなど(地方都市においてはこれは大変に稀なことだ、郡山でクルマを持たなければ相当な不便を強いられる)、中々にバランスが取れている都市ではないかと思う。
さて、こんな書き出しをしたので今回は仙台の話題を…とはいかず、そのお隣山形市について書いてみたい。それは仙台に滞在していたある10月の日曜日、暇に任せて仙山線で山形にいってきたからと言うだけの理由なのだが、その現状は惨憺たるものだったからだ。

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旅の始まりはJR仙山線愛子駅。この愛子という地区は郡山で言えば安子ヶ島ぐらいの距離感だろうか(東北道の西に有り冬は雪が結構降るんじゃ無いかな)。相当な郊外だが仙台から鉄道で30分圏内ということになっていて、職場が海沿いの方でなければそんなに苦にならないと言うことなのだろう、実際近年住宅開発が急速に進み着実に人口を増やしているとの事だ。

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下りの山形行き快速列車がやって来ました。仙山線のダイヤは上下線とも1時間当たり3本で、おおよそ20分に間隔となりそのうち1時間に1本が山形迄(から)運行されている。それ以外はこの愛子止まりで基本的には仙台~愛子間が運行のメインとなっている。今日は鉄っちゃんになったつもりで電車に乗り込むが、僕には車両がどうだとかこうだとかさっぱり分からないのだ。
先述の通り仙山線の運行のメインは、仙台・愛子間なので山形に向かう乗客はほとんどいない。4人掛けのボックス席に一人で座っても全然平気だ。快速だったので停車したのは、作並と山寺、羽前千歳、北山形だったかと思う。愛子からだと45分で山形に到着してしまった。

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山形駅で左沢線のディーゼルカーをお見送り。仙山線とは入れ違いにディーゼルエンジンをうならせて発車していった。ディーゼルエンジンの音っていうのはいかにも「はらたくのりもの」という感じがしていいですね。

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SUICAをタッチし改札を抜け山形駅前に降り立つとバスターミナルがあるのだがなんだなんだ?バスもいないが人影もまばら。まだ10時前だといっても今日は日曜日だぞ?

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とりあえず山形駅から北の方に歩いていったところに有る豊烈神社へ。明日は例大祭のようで準備が執り行われていたので邪魔にならないよう旅の安全をお参り。

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さらに北へ歩いて霞城(読みは「かすみじょう」ではなく「かじょう」とよむんだね)へやってきた。お堀を渡る橋(というより線路を跨ぐついでにお堀ごと跨いでいるといったほうが正しいか)から山形新幹線を見下ろす。山形新幹線が複線であるように見えるが実はこれ単線並列という似て非なるものなんだそう。片方は山形新幹線でもう片方は仙山線・左沢線である。ちょっとわかりにくいけど線路幅が違うのだ。

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お堀を渡り霞城の大手門へ。中々立派な大手門だが本丸・天守閣は無い。内部の展示によればこの大手門は復元したもののようで、ゆくゆくは本丸も復元したいような事が書いてあったが、それはかなり厳しいと思う。復元したところで観光で人が呼べるかは、はたして微妙なとこだろう。そもそもお城の敷地内に野球場などがあって城跡を公的な施設に転用した典型的なパターンだから雰囲気も中途半端になってしまうだろうからなぁ。

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お次は文翔館へ。元々は二代目の山形県庁舎と議事堂だったこの建物はルネサンス様式を持つ洋館で今は無料で公開されている。僕はお城や神社仏閣など日本的な史跡の類は結構見て回ったほうだと思うが、そういえば明治~大正にかけての西洋に追いつこうとしてやって来た時代の史跡はあまり見たことがなかった。しかしあらためて見てみると日本離れした異国な雰囲気を漂わせている(ルネサンス様式を模したのだから当然だ)文翔館はなんと言ったらいいのかとても不思議で、ある意味違和感を覚える位に新鮮な感覚を味わえたといっておこう。山形市へ来たら文翔館を見ておく事をお勧めする。

赤絨毯の階段を上れば
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御前会議が開かれるような部屋があらわれる
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さて、文翔館を見学し終えて問題はココからなのである。駅から豊烈神社~霞城~文翔館へ歩いてきて薄々感じていたのだが、とにかく山形の中心市街地に人がいないのだ。駅と繁華街が若干離れているというのは、その地域によっては良くある事で山形もそうなのだろうと思っていたが、その若干離れた繁華街ですら人が少なかった。山形市の中心部には、市役所やその他公的機関に加え、新聞社や放送局に金融機関などその都市を代表する企業が立地しており、恐らくこの辺が一番人通りがあるのではなかろうかと思われるところなのだが、人影はまばらで何か寂しげですらある。これでも日曜日のお昼なのに...平日だったらサラリーマン達がいるのだろうか。

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文翔館からまっすぐ伸びる目抜き通りを歩くが、目に付いた商業施設はナノビーンズと地場のデパート大沼だった。しかもどちらの店も客が少なく活気はいまひとつ。山形市も音楽都市を名乗りたいのか市民楽団か何かの演奏だけがスピーカーから通りに空しく流れていた。

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中心市街地を一回りしてきて山形駅の裏側にある霞城セントラルへやって来た。その高さからとにかく存在感は抜群にあるのだが、こちらも肝心な人がいない。駅前の一等地に再開発ビルを建設したもののテナントを埋めるのに苦労し、それならばと公的な施設を入れてしまって何とか急場をしのいでいるなど地方の惨状を体現してしまっている。ただこうは書いたものの、我が郡山にも似たような境遇のビルがあるので人の事を言えた義理ではないのだけどね(プラネタリウムでおなじみのあのビルだ…でもここまでひどくは無いぞ)。ちなみに市内一のノッポビルというもの同じだったりする。そんなことを考えながら霞城セントラルでは丁度お昼時だったので、上層階にある中華料理店で背後に蔵王連峰が迫る山形市街を見下ろしながら(景色は中々だ)ランチを頂いた。

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食後の腹ごなしに今度は駅ナカのS-PALをちょっと覗いてみる。もういわずもがなであるがやっぱり閑散としていて、唯一混んでいるのはスタバだけだった。日曜の午後でこれじゃ商売として成り立つとは思えず、まともな企業の出店担当者ならこんなところのテナントに入る筈がないのだが(絶対郊外のイオンを選ぶ)、それでもテナントが入っているのはテナント料を相当にダンピングしているのではないかとか、何か裏事情あるかもしれないなどと余計な詮索をしてしまう程だ。
それにこのような状態の中で働くテナントの店員さんの気持ちはいかばかりかとも思うのだ。売上げを伸ばそうにも肝心の客がいないのだから張り合いもないし、頑張ったところでというよりそもそも頑張りようがないときているといった具合で、それほどまでに山形の中心市街地の人の少なさは酷いものだったのである。

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さて、山形の中心市街地を一回りしてきたし最後にコーヒーでもと思ったのだがここで最後の罠があった。S-PALのスタバは混んでて座れないのでスマホで調べて見ると山交バスセンターの近くにドトールが有るみたいなのでそちらに歩いていく。途中十字屋と言うくたびれた店舗に甘んじざるを得ないデパート眺め(コレを思えはうすいは建替えできたのだから相当に幸せだと思う)そういえばさっきの大沼も古かったなぁと、しかしこんなに人がいないのにそれでも市内に2店舗のデパートが有るのはある意味すごい事だと思いつつ、ドトールについたらなんとこれが休みだった。そもそもドトールが休みなんて聞いたことがないし、たまたま何か休みのタイミング(従業員研修や設備点検等)にハマったのかと思ったら元々日曜祝日は営業していないという有様。僕が山形に来て受けた印象ははその廃れっぷりと、コーヒー一杯すら飲めなかったという事実なのである。
仕方が無いのでまた駅に戻ろうとしたら、山交バスセンターに丁度仙台行きの高速バスが来ていたのでもいういいやとばかりに慌ててこれに乗って仙台に帰る事とした。

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高速バスに揺られならが仙台までの小1時間程、山形の惨状について考えてみた。イオンを代表とする郊外店に客を奪われ中心市街地が廃れるというのは全国的な傾向ではあるが、さらに加えてこの山形ではもう一つの要因である隣の仙台に完璧なまでにストローされてしまっている現状があった。例えば今乗っている高速バス仙台~山形線であるがなんと平日の朝は6:30~7:45迄、5分間隔で仙台行きが運行されている。つまり週末の買い物ばかりか通学先や勤務先までも仙台に依存しており、よりによって地元企業である山交バスが山形衰退の片棒を担いでいる格好なのである。しかし企業としては需要があるところにサービスを供給するのは当然であるから責めることは出来ないだろう。それにもはや山形市民は山形を見限ってしまっているようにも思えるのだ。

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このことから言えるのは、閉じられた地域(県や市)を前提として政策を行ったとしてもそれが地域住民にとって魅力が無い物と映ってしまったら、簡単に人は魅力のある方へ流れていってしまうと言う事だ。役所や銀行、マスコミなど地方におけるピラミッドの頂点たる人達が閉じられた地域内で何かをしたところで、又はそれにすがろうとしたところで魅力がなければ、人の移動が閉じられていないのだから所詮は無駄なことなのである。しかも山形県自体も悟りを開いてしまったのか宮城県仙台地域と山形県村山地域の交流連携などという事を言い出す始末で抗うことを諦めてしまっているのだ。

我が福島県もやはり県庁所在地の福島市が大いに仙台市へストローされている状況にある。さすがに仙台・山形のように隣同士の市という訳ではないから(仙台・山形は県境=市境で互いに面している)そのあたりからくる心理的な距離感(物理的な距離はさほど変わらない)が何でも仙台に依存している山形までの惨状とはなっていないようだが、しかしそれも時間の問題なのかもしれない。

これに対する唯一の解決策は大変難しいが自分達の街をとにかく磨き上げ、あらゆる意味で街の魅力を高める事しかない。その魅力によって外から人を呼び込めれば、それに伴って物や金がついて回ってくるのである。要はよく言われるようにヒト・モノ・カネを呼び寄せることだ。もしそれが出来ないというのであれば、山形のように吸い取られる側の立場に甘んじざるを得ない厳しい現実が待ち受けることになる。
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くそみたいな記事でした。
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Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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