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郡山に必要な3本の道 2018

2016年から取り上げてきた「郡山に必要な3本の道」であるが、新年度に入りその状況が気になる向きもあることだろうから今年の分を取り上げてみたい。各道路は年度末の3月に見て回ってきたものだが、今年はそれぞれ結構進捗が出ており見ていて中々期待が膨らむ状況であった。早ければ今年度末には開通するもので出てくるのではと思われるもので、20年位停滞していた郡山の道がいよいよ変化を迎える事になりそうだ。

まずは笹川大善寺線の阿武隈川を渡る橋から。ここは去年も取り上げた通り、橋梁工事中だったが橋自体はほぼ完成していて、あとは舗装を施すのみだ。またケーヨーD2側の交差点からの道路も形があらわになって、こちらもまた供用開始までに本舗装をすればいい状況だ。
この橋で気になるのは新幹線の高架との間隔で見た目で感じる分には相当近い事で、平成16年に規制緩和された全高4.1mの車両が通れるかは分からないが、少なくてもそれ以前の規制である3.8mの車両は通れる様にはなっている筈だと思うが、いやそうでなければいくらなんでも設計した奴のアタマが悪すぎるw。
今のところ片側2車線のみとなるものの、これは開通してしまえば4車線化は時間の問題だろう。この笹川大善寺線が開通すれば、慢性的に渋滞している国道49号線の実質的なバイパスとなるしその効果は相当なものがある。また、ここの開通をもって安積永盛駅から伸びる永徳橋は車両通行止めとなる模様だから、旧国道の右折待ちの渋滞解消も期待できるし、朝夕の学生と車が入り乱れるといった危険な状態も解消されるといい事尽くめである。

阿武隈川を渡る橋自体は完成
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あとは舗装を施すのみ 気になるのはやはり新幹線の高架の近さ
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ケーヨーD2の交差点からの道路も形が露わに
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こちらも供用開始までに本舗装を施すのみ
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続いては徳定側である。去年は橋脚がもう一本欲しいねなどと書いたがすでにその橋脚は完成し今度は橋の上部工、つまり日大通りを跨ぐ橋を架ける段階に移っている。こちらは阿武隈川とは違い距離も短いし橋自体は案外早く出来上がるのではないかと思う。
ただ気がかりなのはその橋の先の部分で、まだ道路に引っかかる建物が残っていて土盛り等も進んでいない点だ。また末端の橋脚の位置関係が若干おかしいようにも見える。さらに日大通りからアクセスする取り付け道路などは到底出来そうもない状況だが、一応今のところは平成30年度開通予定となっているもののこれでは遅れが出そうで気がかりだ。それともやるとなったら意外と早く出来るものなのだろうか?

徳定側はまだ橋へのアプローチ部分が整っていない
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日大通りに面する新しい橋脚は完成済み
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既に日大通りを跨ぐ橋を渡す段階に移行
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この手前の橋脚は若干位置関係がおかしい様にも見える…
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少し引いたところからだと徳定部分は少々進捗具合が悪いようにみえる 足元のU字溝と奥の橋脚は一直線上に有るが手前の橋脚はやはり位置がおかしく見えるがもう一つ脇に作るのだろうか?
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土盛りされている部分から 現状2件ほど引っかかる建物がある
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そして、大善寺側である。元々こちらは20年以上前から既に片側2車線だけ(周辺の田んぼにアクセスできるよう)中途半端に整備して放置していたので通る気になれば通れるようにはなっていたが、ようやく国道49号の東山霊園入口交差点部分も舗装を実施したりと整備は進んでいる。当面は片側2車線だが、この状態では田んぼのトラクターやら田植え機が出てくる時期となるとかなりの渋滞を引き起こすだろうから、4車線化は早々に実施しなければならないだろう。

大善寺側は片側2車線だけ舗装した状態で20年以上放置されていた
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東山霊園入口交差点は新たに舗装を実施
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次は東部幹線の水神山工区である。去年造成していた部分は舗装が施されさらに、三春街道入口交差点にあるコナカの看板が見通せるようになった。逆に三春街道入口交差点側からだと今一つその状況が見えなかったのだが、窪地となっている陰では地面を掘り下げて造成が行われていた。また写真にある左隅の住宅は既に解体されているし、ここは今年度末には開通が期待できそうだ。

年造成されていた部分は舗装まで実施 その先にあるコナカが見渡せるようになった
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振り返るとこんな感じ
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造成部分の端点
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端点側から見下ろす
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端点側からコナカ方面の現在造成中の部分
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現在造成中の部分は窪んでいるので三春街道入口側から見通せない 
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三春街道入口交差点から 左にある住宅は既に解体されている
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次に伊賀河原工区である。道路自体に延伸は無いが、磐越西線を跨ぐための橋脚が新たに作られていた。ここも進展が見られるのは喜ばしいことだが、しかし郡山の場合橋脚を作っただけでは全く安心できないのだ。先に取り上げた笹川大善寺線の阿武隈川を渡る橋や東部幹線の桜木工区の逢瀬川部分がそうであるように橋脚だけを作って放置プレイなることが多いからだ。

道路の端点側は変化なし
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磐越西線を跨ぐ橋脚を作成中
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同じ橋脚を伊賀河原方面から 放置プレイとならない事を望む
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そしてちっとも進んでいない伊賀河原地区は郡山インター線の端点からの眺めは去年とほぼ変わらないが、しかし一部で住宅の解体が行わていた。しかしここは区画整理事業との兼ね合い進めているとの事だからこの様子だと当面で出来る事はなさそうに見える。確かに道路に掛かる部分は住宅が減ってきたようだが、そもそも区画整理自体が進んでいる様に見えずまだまだ区画整理されていない所に住宅がたくさん残っている状態だ。現状では移転した所とそうでない所が入り乱れここに住んでいる住人にすれば不便極まりない事だろうが、そういった意味からでも早急にケリをつけるべきだろう。

郡山インター線からの眺めはほぼ去年と変わらず
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一部住宅は解体されているが東部幹線や郡山インター線の完成はまだまだだろう
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伊賀河原の中でちょっとだけ期待が持てるのは、郡山荒井線の経路変更となる部分だろうか。去年も書いた通り、采女通りの伏流側から逢瀬川を渡るように経路が変更されるが、下部工実施中となっていたものが大分完成している。あとは上部工で橋桁を渡して経路変更を実現し、若葉町交差点そばの郡山荒井線交差点を塞いでしまい早晩の渋滞解消を期待したい。

下部工として南岸(写真右岸)も大分出来上がってきた
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下部工の北岸(写真右岸)は完成
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郡山荒井線の経路変更を早期に達成して欲しい
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東部幹線の最後は桜木工区である。こちらは例によって何もないんだろうな思っていたが、何やら囲いがしてあるので何か始まったのかと思ったが、除染土搬出の工事看板が出ていたので、東部幹線延伸工事とは関係がないようだ(というかこんなところにまで除染土を埋めていたのか)。ただ、逢瀬川の川岸に何やらテープで囲んであったので、いよいよ何かを始めるつもりなのかもしれない。

なにか囲いがしてあるが…
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工事看板には除染土搬出と有ったからこんなところにまで埋めていたのか
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例によって特に進捗無し
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ただ南岸にテープで囲いがしてあったから何か始めるつもりなのだろうか?
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次は内環状線である。現状では郡山小野線から芳賀小までの盲腸線のような状態になっている内環状線であるが、去年は工事が始まっていてどのくらい進んだのか楽しみにして見に来てみると、一見もうほぼ完成状態にある。車線のラインこそ引かれていないが、舗装の上塗りも施されているしあとはクルマを通すばかりじゃないかと思い奥に進んで行ったらなんと、150mばかり残してセブンイレブン郡山芳賀1丁目店の有る通りまでつながっていないという状況で、いくらなんでもこれはちょっと惜しい、いや惜し過ぎるとしか言いようがないものだ。たった150mでこれである。しかもその150m程の土地が大して活用されてないのだ。こういうのをみてしまうとつくづく、公益と私益の関係つまり公共の福祉の定義を真剣に考えねばならいないと思うのだがいかがだろうか。それからもう一つ、アパートが一部歩道にはみ出したりもしていたけど、僕がアパートの大家ならみっともなくてとてもこんな事出来ないけどね…。

車線こそ引いていないがほぼ完成状態
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アパートが歩道にはみ出している
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奥まで歩いていくとあれっ?繋がっていない…
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残り僅か150m程で繋がらないのは惜しい実に惜しい惜し過ぎる
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振り返ればここまで出来ているのに
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次は小ネタで国道288号バイパスである。去年内環状線と旧国道の交差点に右折レーンを設けた事を取り上げ、それによってその先が混むようになったと書いたが、そしたら今年は一部車線を広げる工事が始まって、ついに拡幅を行うのかと喜んでいたら、どうやら地域区分局として郡山東郵便局が出来てその丁字路を出入りするトラックの右折待ち渋滞を緩和する措置の工事のようで、これもちょっと右折街のトラックをやり過ごせるようにお茶を濁した程度の拡幅の様だ。
そもそも、郵便局は今のところ国が株を持ってはいるものの民営化された筈で、一民営企業の為に道路を拡幅するのはどうなのよ?という疑問がわかないでも無いが、どうせやるならこんなケツの穴が小さい事をしないで阿武隈川を渡る橋まで一気に4車線化してほしいところだ。

なにやら車線を広げる様な工事を始めているが…
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でも工事区間は丁字路の部分のみ
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この奥には地域区分専門局の郡山東郵便局がある
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最後に郡山中央スマートインターチェンジを取り上げよう。土地買収に手間取って共用を2年先送りした郡山中央スマートインターチェンジだが、今年はだいぶ工事が進んだようだ。概ねインターチェンジ部分の土盛りが行われだいぶ形が出来てきた。ジューケン葉山も移転済みで元の建屋も解体中で、障害となる建物も無くなったようだし後は着実に工事を進めていけば、間違いなく今年度末には完成となる筈だ。
僕は安積町に住んでいるので高速を使う時は専ら郡山南インターになるし、仙台行きの高速バスは今のまま郡山インター経由だろうから個人的には余りお世話にならなそうだけどね。

下り線側の入り口
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下り線側は概ね土盛りが完了
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下り線側の合流部分
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こちらは上り線の合流部分
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上り線側は新桜通りに向かって工事中
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ジューケン葉山の元の建屋を解体中
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完成予定図をみると下り線側はすごく大回りしている
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以上今年は冒頭に書いた通り、それぞれだいぶ進捗が見えてきた状況だ。来年このシリーズの記事を書くころには、そのいくつかが開通している事を期待したい。
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(番外編)隣県の県庁所在地を訪れる(2017年11月)群馬県高崎市

番外シリーズ「隣県の県庁所在地を訪れる」の第三弾。2017年の文化の日の連休は群馬県の高崎市である。ちょっと待て…群馬県の県庁所在地は前橋だろうが!とのツッコミはもっともであるが、その県での一番都市と言う視点で見れば群馬県の場合はやはり高崎市だと思うのである。例えば人口や市内総生産も高崎が上で有るし、新幹線が止まる交通の要衝でもある。さらに北陸新幹線開業をもってして、それは今後とも揺るぎないものになったと言えるだろう。特に北陸新幹線の開業は高崎にプラスの影響を与えたようで、現在高崎駅周辺では再開発事業も盛んに行われている。
県としては県庁所在地が地域の一番都市であって欲しい所だろうが、現代の世の中は競争社会であってそれは都市にとっても例外ではなく、特に都市にとっては利便性というのは大きな要素であるのがこういった事からも分かるというものだ。

いつもで有れば隣県の県庁所在地を訪れる際は、鉄道や高速バスなどの公共交通機関を利用していたが、それはどれだけの人の利用(行き来)があるかとか、年齢層はいくつ位かなどそういったあたりを大まかに見る為だったのだが、今回は残念ながら公共交通機関での移動は少々厳しいものが有るので、クルマで行くことにした。新幹線の大宮乗り継ぎでは値段が高いし、東北本線を小山で乗り換え両毛線というのは時間がかかり過ぎる。昔は北関東ライナーという高崎-宇都宮-水戸を繋ぐ高速バスがあったが、高崎-宇都宮間は思った程の需要が無かったのか運航休止となったままだ(宇都宮-水戸間は運行中)。
その高崎までの経路であるが東北道を南下し佐野から北関東道へ入り所要時間は大体2時間半位だろうか。昔は群馬・栃木の県境部分で北関東道が通じておらず、群馬側の国道50号が2車線で渋滞が酷く時間がかかったものだが今はそれも解消され快適である。直接高崎へ向かっても良かったのだが、それでは前橋にあんまりなので前橋駅に程近いけやきウォークに寄り道をしてみた。

前橋中心市街地にあるけやきウォーク 関東中部地方ではユニーがイオンに対抗すべくウォークやアピタを展開する
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このけやきウォークはユニーグループがイオン対抗として関東中部圏でアピタと共に展開しているものだ。(ココの他にはアクアウォーク大垣にも行った事が有る)ユニー系列の中ではこのウォークと名の付く世代の店舗からは、モール型のSCとしてはまぁまぁ及第点位の出来になって来ていて、確かに巨大なイオンモールあたりと比べればその規模では負けているものの、広過ぎないのでその分手頃で使い勝手よく、こういった店舗が近くにあれば便利な事には違いないものだ。少なくても郡山にある二つのイオン(イオン郡山フェスタ店、イオンタウン)なんかより全然マシである。つくづく残念なのは郡山の二つのイオンは出来た時期が少々早過ぎた事だろうか。

高崎市郊外にあるイオンモール高崎 けやきウォーク前橋とはクルマで30分程の距離
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軽くけやきウォークを見て回った次は、イオンモール高崎である。けやきウォークとはクルマで30分位の距離で、需要の食い合いが気になるところだが、高崎と前橋の人口を合わせれば70万人となるからそれなりにやっていけるといった所だろうか。店舗そのものは特に言うまでもなくいつも通りの金太郎飴であり、それはまごう事なきイオンモールなのである。
ただ今回訪れた際は、空いている訳ではないものの混み具合がそれ程でも無かったのだが、それは高崎OPAが開業して間もない時期だったのでそちらに人が流れていたのかもしれない。

さて、次は高崎駅前にあるその高崎OPAである。以前水戸の記事にも書いたが、イオンはOPAを足掛かりに中心市街地に進出を始めていて、ダイエーから継承した店舗を除くと、まず水戸駅南口に2017年3月18日、高崎OPAは2017年10月18日、そしてフォーラスから転換した秋田OPAが2017年10月28日と今年は3店舗を開業させている。今迄郊外の店舗を展開してきたイオンだが、OPAをもってして中心市街地に出店すると言う事は、今後の人口減少局面における中心市街地回帰やネット通販の脅威に対する施策としていわゆるイオンの本流GMS業態ではなく、ファッションビルという業態がこのような実験的な施策を実施していくのに対して都合が良かったのだろう。
初日は日も暮れて夜になってしまったので詳しい内容は明日に譲るとするが、開業して間もない事と夜21:00までの営業(飲食店は23:00)とあって結構な人出と賑わいであった。

翌日の朝は高崎駅東口から見て回る。この東口は2010年に整備されたとの事で確かにまだ新しい感じを受ける。地上部は乗降場として割り切っていてあくまで歩行者はペデストリアンデッキを利用する事を前提とした作りで、利便性を鑑みれば確かにこの方が合理的ではあるが、駅前広場が無いというのも若干物足りない感じもしないでもない。このペデストリアンデッキはぐるっと一周は出来ないけど対面まで伸びているので、回遊性はまずまずといった所だ。

高崎駅東口 2010年に整備とあるのでまだ新しい印象
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ペデストリアンデッキ直結でヨドバシやビックではなくヤマダが有るのはお膝元ゆえご当地らしいが、実はビックも高崎が発祥で少し離れた所に存在する。そのペデストリアンデッキからの街並みは、ビルが立ち並び中々立派に見えるが、ものの数分も歩けば低層の建物も多くなりごくごく普通の地方の街並みである。ただ駅と並行及び駅から正面に延びる道路が道幅を確保し整備されているのは狭い道路の郡山の現状からするとうらやましいと感じる。

高崎駅東口の地上部は乗降場に割り切って駅前広場としての役割はペデストリアンデッキが受け持つ ペデストリアンデッキ直結でヤマダが有るのはお膝元ゆえご当地ならでは
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高崎駅東口から正面を望む
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駅と並行する道路 幅の広さは立派なものだ
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ただこのペデストリアンデッキ一周は出来ないが回遊性はまずます
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冒頭で再開発が進む高崎と書いたが完成したものもあれば、これから整備が進むものもある。完成したものと言えば今回は訪れなかったが高崎駅の南にある高崎アリーナに、高崎駅西口の高崎OPAである。そしていま進められているのが、高崎駅東口周辺再開発の目玉事業として行われている高崎パブリックセンターと称するものだ。
これは高崎駅東口にあるビックカメラ周辺と、廃止された高崎競馬場の敷地を利用して高崎文化芸術センター仮称(コンサートホール的な物)と群馬県コンベンションセンターに加えビジネスゾーンとして、商業及びオフィスエリアを合わせの整備するといったものだ。
当初は今のビックカメラ周辺に高崎市が高崎文化芸術センターを整備する事を計画していたが、隣接する高崎競馬場跡地に群馬県がにコンベンション施設を整備するとしたことで大々的な中心市街地の再開発となった。
郡山市民からすれば少々イメージが掴みにくいだろうから分かりやすく例えるなら、郡山駅東口の保土谷化学の敷地に市民文化センターとビックパレットを作り、さらにATiの商業施設を併設するものだと言えば、相当のインパクトがあるものだと理解してもらえるだろうか。2019年とされる竣工に向け、高崎にとって大いに期待のかかる再開発事業となることだろう。

高崎文化芸術センターと群馬県コンベンション施設が整備中 道路が工事中なのはそこまでペデストリアンデッキを延長するから
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さて次は高崎駅の西口である。こちらもペデストリアンデッキが整備されていて地上部の乗降場と役割分担をした割り切った作りだ。高崎駅ビルと合わせて何となく年季を感じるが、これは整備された時期が早かったということだろう。余談を言うと駅の両側の整備具合が(片方がやや古くもう片方が新しい)、栃木県宇都宮市や茨城県水戸市と合わせて北関東3県の県庁所在地として何となく同じような雰囲気を感じるのが面白く、良くも悪くもライバル同士といったところだろうか。
ただ、ちょっと気になるのは高崎はあまりバスが走っていないように感じた事だ。きちんと確認した訳ではないが都市の規模からするといくら自動車社会といわれる土地柄とはいえ、宇都宮や水戸などは結構バスが走っていたのにだいぶ少ない印象なのだが、将来コンパクトシティの様なものを目指すとするならば懸案となる事だろう(もしかすると実は違うところにバスターミナルがあったりするのだろうか)。
その西口の中で一際目に付くのは、真っ正面にそびえ朝日を浴びて輝き圧倒的な存在感を示すOPAであるが、まだ開店時間前なので、一旦高崎の中心市街地を見て回ってみよう。

高崎駅西口 朝の日差しを受けて白く輝くOPAが眩しい
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西口も同じく地上部は乗降場に割り切り歩行者はペデストリアンデッキの利用が前提
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高崎駅から大通りをそのまま10分程歩けば、高崎市役所へ到着である。ここは元々高崎城があった場所でその名残としてお堀や櫓なども一部残っているが、本丸・天守の類はなく市役所をはじめとして学校や図書館その他諸々の公的な施設が立地し、お城の敷地を公的な施設に転用した典型的な例と言える。お城があった都市というのは何かとお城を復元したがったりするものだが、(このブログで取り上げた山形市の霞城は大手門を復元した次には天守復元もしたいとの事、しかし山形は江戸時代は譜代大名の左遷場所だったと言うのに…)案外高崎はお城に未練はない様で、群馬県でお城の建物が現存しているものは写真に収めてきた乾櫓のみとなっており、しかもこれとて民間に払い下げられ納屋として使われていたものがたまたま残っていたのでとりあえず文化財にした程度である。もっとも高崎の場合既にいろんな公共施設が建っちゃっているので今更戻しようもないということもあるのだろう。

高崎市役所は高崎駅から徒歩10分程度の距離
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高崎市役所は旧高崎城の敷地に建つ
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高崎城のお堀が残る
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乾櫓は払い下げられ納屋として使われてたそう
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この高崎城跡にある公共施設群の中でちょっと気になるのはもてなし広場というイベント広場。ココにもある通り元の市役所が建っていた場所で市役所が現在地に移転し建て替えた際にイベント広場としたものだが、いくら何でも殺風景過ぎると思う。確かに何もなくだだっ広いからイベントをやるには都合もいいし使用料も安いが、中心市街地の広場としてもう少しやりようがあったのではないという気がするものだ。暖かくもてなしたいとの事だが、夏場はアスファルト舗装されて日陰もないから暖かいどころか灼熱地獄と化すだろうし(高崎の夏はクソ暑いゾ)逆に冬は風除けもないから寒風が吹きすさぶのは(冬はこれまた風が強い)想像に難くないものだ。とはいえ、同じく北関東の宇都宮にある宇都宮城跡も半分だけお堀と城壁を復元し残りは変な広場にしていて、なんだか張りぼてみたいになっているから城跡の活用と言うのは、会津若松の鶴ヶ城の様に歴史の表舞台となったなところでもない限り案外難しいモノなのかもしれない。

もてなし広場は確かに広い
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広いがゆえにイベントには都合がいいだろうがやや殺風景か
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次はもてなし広場の目の前にある地元資本の百貨店スズランと行きたい所だが、まだ開店の10時には時間が有るのでその裏手にある高崎銀座というアーケード商店街を少し覗いてみることに。高崎の繁華街はどんなもんよとばかりに向かっていったのだが、しかしそこに有ったものは郡山のアーケード商店街に勝るとも劣らぬ小汚い商店街だったw。やっているのかいないのか分からない店や、基本的に入りたくない雰囲気を醸し出している店、店主も高齢化していて店舗への投資などするべくもない古びた店が立ち並んでいた。さらには廃墟と化した潰れた映画館も有って商店街としては命運が尽きている様相なのである。綺麗なのは飲み屋関連の店ばかりで、これが夜になれば客引きが闊歩するという絵が浮かぶのもので、地方の商店街など程度の差はあれどこもこんなものかとある意味安堵ともとれる印象を受けたものと正直に白状しておこう。

高崎銀座と名の付くアーケード商店街は、郡山のアーケード商店街に勝るとも劣らぬ小汚さだったw
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そんな、高崎銀座を歩いていくとなにやら一部だけアーケードが架け替えられている部分がある。これは2014年の大雪でアーケードが崩落し再建したからそうで、その再建が完了した際には昭和風情を活かした商店街を整備する構想なのだそうである。しかし僕はその構想を知って開いた口が塞がらないというか愕然としてしまったものだ。
それはせっかく新たに再建したものをわざわざ昭和の雰囲気に戻すセンスに救いようがないものを感じたからだ。確かに昭和の時期において中心市街地が賑わい見せていたのは事実であるし、それを知っている世代が夢よもう一度と思う事は理解できない事も無い。しかし、昭和どころか平成すら終わりを告げようとしている今、昭和の雰囲気にどれだけの価値があるのか考えてみるといい。つまりその昭和の雰囲気が本当に魅力が有ったかと言う検証が抜けているのだ。全てがそうだとは言わないが魅力が有ったというより単に郊外に店が無かったから中心市街地が賑わっていたのも大きい要因だろう。

僕は個人が経営する店は飲食店を除いてはもう無理だと思っていて、例えばこの高崎銀座に限らないが個人の店主がマーチャンダイジングと称して人的、金銭的なリソースを投入し施策を打ち出してくる大手に対し、どれだけの対抗策を打ち出せるのかというとこだ。その大手たるイオンやイトーヨーカドーとてGMS店舗の立て直しに苦労しているのに、問屋から仕入れてただ店に並べているだけのような個人の店では到底かなわないのも理解してもらえるだろうし、そもそもこの店は俺の代で終わりだとばかりに惰性で続けている事もあるのだろう。こういった商店街の衰退問題は誰かの責任というより構造的な要因な訳も含んでいるのでまたいずれ何かの時に考えてみたいと思うものだ。

一部アーケードを新しくしたのは2014年の大雪でアーケードが倒壊ししたから そしてそれを昭和で売り出すという…
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さて高崎銀座を見て10時を回ったところで、地元資本の百貨店スズランである。開店直後というのもあったのだろうし、僕が訪れた時がたまたまだったのかもしれないが、なんだか客が少なくちょっと大丈夫かな?といった印象で、それに店員も若い人がおらず年配者ばかりと来ている。古びた店舗のせいもあってかなんだが若々しさあるいは新鮮味なんかこれっぽっちも感じられなかったし、スズランは元々大衆路線ということで高級感がある訳でもなく、気張らないのが良いところなのかもしれないがしかしそれでは今後の将来を見通すには心許ないのではないかとの印象を受けた。先程、昭和の雰囲気に愕然としたと書いたが、昭和とはつまりこういう事なのである。

僕は今迄で、あちこちの百貨店を色々見てきたが、ここ数年の例を出すと山形市の十字屋は閉店となり、同じく大沼は経営再建中である。福島市の中合は二館構成から二番館を閉じて縮小し、丸光を由来とする仙台のさくら野は倒産してしまっていてる。これらに共通なのは古色蒼然たる店舗に対し建て替えなどの大規模ななリニューアルを達成出来なかった店舗である。それに対し我が郡山のうすいやバブル期に撃って出た宇都宮の福田屋は新店舗へ移行していて確かにその新店舗が過大投資の原因となり経営が傾いた時期も有ったが、支援を取り付け何とか息を吹き返しているのだ。こういった事からもいい加減旧態依然たる昭和の亡霊を断ち切る事が必要なのは明らかなのではないか。
ただ、スズラン自体は店舗のリニューアルを達成すべく色々と画策はしたようだが、力及ばす土地の権利関係などを解決できず断念し、小規模な別館を建てるにとどまった経緯が有るようで、そのことについては大変残念なことに感じた次第だ。

地元資本の百貨店スズランは大衆路線だが将来を見通せるか
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さて、スズランをみた後は高崎駅に戻ってきて駅ビルの商業施設モントレーを見てみる。駅ビルという制約から店舗とその動線が細長い配置になっているのは致し方ないところが、ただ何というか経営母体によってその運営する店舗に雰囲気と言うか同じ匂いが感じるというのが面白くモントレーの経営はアトレでだから、まぁそうことになってしまうのだろう。これば別にこのモントレーに限らず、イオンモールには独特の田舎臭さがあり、丸井には古典的なファッションビルの粘着臭があり、三越や高島屋にもデーパート独特の匂いがあると言った具合だ。
モントレー自体は駅ビルの商業施設といったところだが、ただ食品売り場はどうだろう通路が狭くて動きにくいのも駅ビルの商業施設その物なので、OPAの食品売り場にだいぶ食われたんじゃなかろうか?(OPAの方は遅くまでやっているし)まぁ年寄なんかは狭い方がある意味安心するのかもしれないが…

モントレーはいかにも駅ビルの商業施設
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次はようやくOPAであるが、そもそもなんでここにOPAが建ったのかと言えば、元々ここはニチイが営業していたものだがそのニチイが経営破綻となるりイオンに買収されるが、その後老朽化した店舗を建て替えとなった際、当初イオンモールで開業を予定していたものの結局はOPAとなって開業としたものだ。昨日の夜も覗いてみたが、開業間もないだけあってとにかくたくさんの人出だった。
先述した通り今後将来へ向けての施策を展開するにあたりイオンはファッションビル業態を選択したようだが、僕が見て来た限りでは何といえばいいのか以前訪れた水戸OPAにもいえるのだが、このOPAはファッションビルと言う事になってはいるが実は何だかよくわからない店という感じなのである。よく言われるのはGMSは何でも売っているが欲しいモノが無いのに対し、このOPAは何を売っているのかよく分からないが欲しいモノがないという印象で、先の表現でいえば何というかOPAの匂いというものがまだしみついていないというかそんな印象だった。ただこれは僕の感性が鈍く新しい時代の店舗についていけてない事は否定出来ないと言っておかなければならないだろう。
ただその規模の大きさからも判る通り高崎OPAは相当に力が入っているのは事実であるし、これからあれこれ将来へ向けて施策を模索しながら進めていくとなれば、常に新しい何かが提供されていくことになるだろうから(それが消費者に受け入れられるかは別として)そういった意味では価値のある店舗になるのかもしれない。

OPAはイマイチ何が売っているか分からない店だ
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最後に高島屋を取り上げておこう。このOPAが出来てタナぼた的に得をしたのは実は高島屋のだったのではないかと思う。なぜならペデストリアンデッキも整備されて店舗と直結になったし、OPAに来た客のおこぼれも結構期待できそうだ。実際同じ百貨店としてスズランとは異なりだいぶ客の入りも多かった。ハイランドグループを形成したり、イオンと敵対するのではなくイオンモール岡山の食品売り場に出店するなど、高島屋は結構したたかな会社でもあるのだろう。ただそれは別に悪い事でもないし、形はどうであれ相乗効果があるのならばそれもアリではなかろうか。

タナぼた的な感じの有る高島屋
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今地方都市では勢いがある高崎の中心市街地だが、そこを歩いて見れば駅前と商店街とでその明暗を分けたものが見えてくる。それは新陳代謝と集積で、それに伴う利便性と相乗効果であるといえるだろう。これから地方都市における中心市街地の活性化に取り組むとするならば、このあたりをテーマとして取り組んで行くことにその解を見つけることが出来るのではないだろうか。

最後にOPA開業による影響などを新聞報道を引用して締めることとしよう。

《ニュース最前線》オーパ開業半年 熱帯びる高崎駅西口商戦(2018年4月15日 上毛新聞)

約37万5000人の人口を抱える群馬県内最大都市・高崎。その中心部、JR高崎駅西口で大規模な再開発が進んでいる。シンボルは昨年10月に誕生した大型商業施設「高崎オーパ」だ。開業から半年がたち、県内外からの買い物客でにぎわう。近くの高崎高島屋や高崎モントレーも改装。駅前から伸びるペデストリアンデッキも開通した。各商業施設は時に連携し、時に役割分担し、相乗効果で商圏拡大を狙う。

◎相乗効果で活況 ライバル店連携 商店街にも波及
 東口も施設整備やタワーマンション建設が進む。全国の地方都市で人や施設の郊外流出が相次ぐ中、これらを駅前に集め、街の機能や価値を高める取り組みに期待が寄せられている。
 3月に発表された公示地価で、最も高かった商業地は西口の高崎市八島町だった。
 新たな商業施設の誕生で高崎駅前はどう変わっていくのか。周辺を歩き、さらなる飛躍に挑む商都の未来を追った。

■新ランドマーク
 あいにくの雨の中、3000人もの人が開店待ちの列をつくった。昨年10月13日。JR高崎駅西口に大型商業施設「高崎オーパ」が開業した。中には、前日の午後10時から並んだ客もいて、新たなランドマークへの期待がうかがえた。
 集客目標は年間800万人。イオンモール(千葉市)が2016年3月に子会社化したOPA(同市)が運営する。群馬初出店のテナントも多くそろえ、客層も年齢にこだわらず、幅広い世代の誘客を図っている。
 相乗効果を狙い、隣の高崎高島屋は店内を大規模改装。化粧品や婦人雑貨を強化した。駅構内の高崎モントレーも駅利用者を照準にした売り場づくりを実施した。3月には、駅とオーパや高島屋をつなぐペデストリアンデッキが延伸し、さらに回遊性が向上した。開業から半年。高崎駅西口は、にぎわい創出のシンボルになりつつある。

■入店3割増
 オーパ開業から1カ月がたった昨年11月。オーパ、高島屋、モントレーの3店は、全店舗で買い物した人が参加できる共同抽選会の実施を発表した。本来ならば集客を競い合うライバル店。合同企画を行うのは珍しい。だが、オーパの山岡浩館長は「店舗間でなく、今は地域間の戦い」と強調する。ニーズの隙間を埋め合い、駅前というエリア全体で買い物客の満足度を高めるために手を組んだ。
 高島屋は化粧品を中心に売り上げが伸び、入店客は3割増加した。より一層の集客に向け、品ぞろえの見直しを継続的に行っていく。モントレーもレストランフロアの改装や、エスカレーターの設置などで買い物客の利便性を向上させた。
 こうした各店舗の戦略は、国土交通省が3月に発表した県内の公示地価にも現れた。高崎駅西口前の八島町の商業地が県内最高額となり、前年比の上昇率は唯一、2桁の伸びだった。オーパ開業を契機に、にぎわいへの期待が地価に反映。高崎駅前の価値がさらに高まっていく可能性を感じさせる。

■「起爆の年」
 拡張整備が進むペデストリアンデッキは、オーパや高島屋といった商業施設と高崎駅を直接つなぎ、駅利用者らの利便性は格段に高まる。一方で、駅前の飲食店関係者の中には「上だけで買い物が完結してしまい、商店街まで足が伸びない」といった、冷ややかな声もある。
 駅周辺を訪れた人を少しでも呼び込もうと、地元の東二条通り商店街チームハナハナストリートは今月、加盟店舗をまとめたホームページ(HP)を開設した。飲食やアパレル、サービスなどに分けそれぞれの店の情報を発信している。
 ハナハナストリートの岡田恵子会長(59)は「昨年秋以降、歩く人が増えた」と実感する。オーパや高島屋は県外からの買い物客も多い。HPで個人商店の魅力を知ってもらい、商店街に足を運ぶきっかけにしてもらいたい考えだ。
 「10年後の高崎を見たときに、(開業した)2017年は『あれから変わった』という起爆の年になる」。山岡館長は力を込める。高崎を変える、変えなければいけないというそれぞれの思いが、結実に向けて動きだしている。

◎高崎芸術劇場やマンション建設 東口も再開発進む
 東も負けていない―。JR高崎駅周辺は西口だけでなく、東口でもマンション建設や施設整備をはじめとした再開発が進んでいる。
 高崎市は2019年度中の完成を目指し、音楽ホールなどを備えた「高崎芸術劇場」を整備している。西隣には、市と民間による再開発ビルも建設される予定。
 徒歩圏内にある高崎競馬場跡地には、県がコンベンション施設「Gメッセ群馬」を整備中。完成は19年度末となる。駐車場不足が懸念されることから、市は近くに拠点を持つ太陽誘電(東京都)と協力し、東口に新たに計2800台分の駐車場を確保する。
 タワーマンションの建設も進む。県内では県庁、高崎市役所に次ぐ高さとなり、ランドマークとしての役割も担う。
 芸術劇場やマンションには、延伸整備されるペデストリアンデッキが接続。西口の商業施設とも行き来できるようになり、駅を中心にしたまちづくりに期待が高まっている。

《記者の視点》さらなる成長 期待
 高崎駅が近づくと、昨年開館した高崎アリーナが見えてくる。東にはヤマダ電機のLABI1高崎、そして西には昨秋に開業した高崎オーパ。電車からのぞく地元の街は大きく変わった。
 中学、高校時代から高崎駅前でよく過ごした。大学進学で東京に出た2000年代初頭までは景色はあまり変わらなかったが、今は都会に降り立ったような感覚にもなる。
 駅前ではマンションの建設や施設整備が進む。高崎が活気を失わず、さらなる成長にも期待が持てるのは、民間や行政が絶えず努力を続けてきたからに他ならない。郊外型の商業施設が増え、郊外に住む人も増えた。それでも、駅前の活気は街の活性化と密接につながっていると感じる。
 高崎で生まれ育ち、高崎に住む者として地元が元気なのはうれしい。10年後、20年後にどんな街になっているのか。未来に思いをはせている。(報道部 堀口純)

プロフィール

あさか野

Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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