偉大なる金太郎飴 ヨークベニマル

郡山市民ならもう言わずもがなの存在で誰もが知っているスーパーマーケットのヨークベニマル。それはもう郡山市民の食卓はヨークベニマルで賄われていると言っても過言では無い位で、僕なんかの年代でも既に子供の頃にはベニマルが普通に存在していたから相当の長きに渡り営業を続けてきた地元企業である。古い話をすれば、2代目社長の大高善兵衛は郡山商工会議所の会頭を務めるなど郡山経済界のドンとでもいえるような存在だったし、1999年に解散してしまったが社会人野球チームなんかももっていて何度か本大会にも出場していた筈だ(親父が好きだったなぁと思い出す)。また、福島県内のデニーズをフランチャイジーとして展開していたり(現在は営業譲渡しベニマルとしては撤退)、スーパーマーケットという業態である事から、その傘下にライフフーズという総菜工場を擁しているなど、様々な面で郡山市民の生活と深く関わりあいそして共に歩んで来た郡山市を代表する企業でもある。

最近の意匠を変更した例としての方八町店 横塚店の混雑緩和の意味合いも有るだろうがイオンに対する嫌がらせかw
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その興りは、戦後の時期に毎日新聞の記者だったという大高善雄が、中町にわずか5坪の食料品店を開いた事にある。当初店は順調にはいかず、店舗の売れ残りである在庫品を善雄の妻さたが、行商で売り歩いてしのぐ様な事をしていたようだ。ある時、そのさたが25軒目に回った客にようやくものが売れた事から、一人のお客さまは25人の代表であるという「野越え山越え」の精神とヨークベニマル12章が生まれたとされている。その後、善雄の息子ら三兄弟が強烈なリーダーシップを発揮し業容を拡大するとともに、高収益体制を確立しスーパーマーケットの勝ち組とされるまでに成長するに至っている。

当然僕も小さな頃からベニマルを利用していて、小学生だった頃の記憶をたどればベニマルの思い出は沢山あり僕の場合それは安積店だった。この1,000坪タイプの郊外立地店である安積店はベニマルの食品と衣料品売り場の他、当時は複数のテナントが入居していて、それは花屋、レコード屋、靴屋、クリーニング屋、化粧品屋、薬局、電気屋、カメラ屋、本屋、おもちゃ屋、お茶屋、パン屋にフードコーナー2店(そのうち一つはべニーズ)という具合に色々あったが、特におもちゃのピノキオはガンプラやらミニ四駆やらラジコンにファミコンカセット等々よく利用したものだ。又、スーパーとしては店の規模が当時としては大きかったことから、他のスーパーに比べれば全般的に品揃えも多くお菓子なんかもまあ買ったし、フードコーナーのべニーズではラーメンなんかをよく食べたりもしたといった具合に相当というか散々利用してきた店だ。郡山駅前のうすいは何かの時に出かけるところで、普段はベニマルと棲み分けが出来ており、それはある意味店側にとっても客にとっても都合がよくもあった古き良き時代だったのかもしれない。

昭和期の店舗例としての安積店 同社サイトで1,000坪タイプ郊外立地店として記載されていることからベニマルにとっては節目的な店舗なのだろう
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そんな具合に、小さい頃からベニマルを利用して来たとなれば、郡山市民にしてみるとベニマルと言う店が体に馴染むというか、いやもう染みついてしまったとでも言うべきなのか日常の中に必ず存在し、そして全く違和感のないもので有る訳で、市内のどこのベニマルに行ってもまさに金太郎飴のごとく同じ様に見え、そして同じように買い物をしてしまうのだが、しかしここまで行ってしまえばその金太郎飴とてネガティブな印象というよりは、もはやさすがとしか言いようがない存在でそれを「偉大なる金太郎飴」と形容してみたものだ。なぜここまでベニマルが強く成長出来たのかと言えば、僕が勝手に考えたものだが主に4つの要因があると思う。

まず一つ目は1973年イトーヨーカ堂と資本・業務提携をしたことだろう。いわゆる中小企業が成長の過程で最初につまづくのは、業容拡大にともないそれまでのやり方では手が回らくなり事業自体のマネジメントが出来なくなってしまう事だが、しかしベニマルはその過程においてイトーヨーカ堂を師と仰ぎ、マネジメントの仕組みを学ぶことが出来たことが大きかった。
余談であるが、イトーヨーカ堂では使われなくなってしまった色違いのハトのマークは(イトーヨーカ堂が青、ヨークベニマルが緑)、パクリでも何でもなくイトーヨーカ堂のグループ企業である証なのだ。

追記:イトーヨーカドーハトのマーク復活

あのハトのマークの看板、復活へ イトーヨーカ堂(朝日新聞デジタル2017年3月21日22時50分)
イトーヨーカ堂は、スーパーの屋上などに掲げる大型看板の「ハトのマーク」を復活させる。現在は、ほぼ全店でセブン&アイ・ホールディングス(HD)の共通マークを使っている。買い物客になじみのあるマークに戻し、ブランド力の強化を図る。
 白・赤・青でハトをかたどったマークは1972年から使ってきた。2005年にセブン&アイHDが発足し、その認知度アップのため、店の大型看板はほぼ全店で共通マークに変えた。10年以上経ってコンビニを核とするHD経営は順調な一方、スーパーは苦戦中。復活時期は未定だが、同社は「業績の回復度合いを見つつ、お客様のイメージが良くなったタイミングで」変えたいとしている。


次にに二つ目は、創業家の社長が強力なリーダーシップを発揮したことで、大高善雄の息子ら三兄弟が歴代ベニマルの社長を務めてきた。これは「ヨークベニマルの経営」という本に書かれたエピソードだが、その中でとある物件を同業他社が進出するのを防ぐ為、ベニマルで押さえておくという提案を役員会で行った際「どうしてそういう姑息な提案をするのか、ベニマルの近くでは商売にならないと思わせよ」、「サラリーマンゆえの提案、将来の戒めとせよ」と一蹴したり、また別な件ではネイバーフッド型の店舗を展開する際、取り扱い商品が大幅に重なるカワチと共に出店(しかも大概カワチの方が安い)することをあえて「やってみよう」とするなど、創業家の社長だからこそできる大胆な決断数多く下し、それがベニマルと言う店舗を鍛える結果となったと言える。

2000年代のネイバーフッド型店舗の展開例として八山田店はマツキヨやGUを併設 ここのベニマルはいつ行っても混んでいる 
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そして三つめは、早い時期から郊外化に目を付けかつある一定の規模を持った店舗を展開してきたことだ。小売店の全般的な流れとして確かに郊外化と言うものがあったと思うがしかし、ベニマルに関していえばその時期がとても早かった。例えば今、郡山市内にあるベニマルの中で古めの店舗としては富久山、希望ヶ丘、桑野、菜根あたりだが(富久山はバブル期、希望ヶ丘は2000年代に建て替えを実施)場所としては既に40年位になる筈で、40年も前にあの規模で駐車場を備えた郊外店舗を展開していたというのはやはり先見の明があったと言える。そして郊外への出店を重ねるにつれ、ある時期からはそれがベニマルの中で確信に変わったのだろう、以降は一貫して郊外である程度の規模があり駐車場を備えた形式での展開をしていて、逆に小規模店舗でこの形式に合致しなかった、開成、深沢、小原田等は廃止となっている事からもそれが伺う事が出来るのだ。

最後となる四つ目は、アソートメント能力つまり平たく言えば品揃えの良さと商品開発力にある。これは、前述してきたことと関連するのだが、郊外に広い店舗を複数持っているとなれば、多数の商品を買い付ける必要がありそれがバイイングパワーとなった。しかも、ベニマルはそれを卸から買い叩くという方向に向けなかったようで、それゆえ同業他社との競合となった場合に買い負けしない強みも発揮したようだ。
また、商品開発力の例にとるならばお総菜があげられると思う。僕の個人的な印象だがベニマルのお総菜は他のスーパーと比べても頭一つ抜け出ていて、それなりにおいしいと思うのである。高々お総菜と思うかもしれないが、数年前しばらく仙台に住んでいた時、西友の北仙台店を利用していたのだが、確かにEDLPを掲げる西友は値段は安いのだけど、お総菜について言えば味付けが本当にダメだった。仕方がないのでソースをかければ味付けが関係ないコロッケやらメンチばかり買っていた位なのだ。少し離れて見てみると案外そうでも無い事が実は結構すごい事に気づかされたのである。これは傘下に擁するライフフーズという総菜工場とベニマルの店舗とでお総菜の開発に対し相当注力をしてきた結果なのだろう。

関連会社のお総菜工場であるライフフーズはベニマルの総菜を支える
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このような強みを遺憾なく発揮したベニマルは、どんどん増殖し郡山はもちろん県内そして、宮城、山形、栃木、茨木の周辺各県へも店舗を展開するに至っている。特におひざ元である郡山ではほぼ寡占状態となっていて、イオン(ザ・ビッグも含む)や西友(ザ・モール)があるものの店舗が少ないから、大勢を揺るがす程のものではないし、Vチェーンに鎌倉屋、シミズそしてかわちや等はあくまでニッチなスーパーに過ぎないのである。しかしながらベニマルの進出は止まらず、また新たな店舗が2017年秋、中央工業団地の森永乳業跡地に出来るようだ。

中央工業団地の森永乳業跡地には、これまたベニマルが進出予定
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もはや郡山では向かうところ敵なしであるベニマルの牙城は崩すことはできない様に思えるが果たしてそうだろうか?もちろん郡山市民にとってベニマルへの信頼は絶大であるのは事実だ。実際ベニマルで鮮度の悪いものなど見た事がなく品物は確かだし、店舗自体も慣れ親しんで勝手知ったるものだ。そして何と言っても郡山市民と共に歩んで来た地元企業でもある。最近、開成山球場のネーミングライツのスポンサーになったが、これに異を唱える郡山市民はいないのではないか。

ベニマルがネーミングライツのスポンサーとなった開成山球場は「ヨーク開成山スタジアム」と愛称が決定。ちなみにベニマルは郡山以外ではヨークと呼ばれている様だが、郡山市民の僕からすると何か若干の違和感を覚えるw
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しかし、人とはわがままなもので概ね満足はしているけど、ベニマルという店舗に飽きているという気持ちもある事も否定できないだろう。さらにベニマルの品物は質はいいのだけど、値段が高いと言う事もある。例えば、僕の仕事のお客さんで横浜から来たという人がベニマルに最初行ったとき「何この高い店」とビックリしたという話しを聞いた事があるし、実際僕も先述した通り仙台にいた時はお総菜はダメだけど西友は安いなぁと率直に感じていて、これならわざわざカワチに行かなくてもいいな(郡山市民なら生鮮品以外はベニマルを避けてカワチ等で買うのが常識だ)と思ったのも事実なのである。さらに、先に述べたベニマルの強さの秘訣である4つの要因の内いくつかが崩れてきている様にも思えるのだ。

一つ目は、わが師と仰いだイトーヨーカ堂が絶不調な事だ。現在のセブン&アイ・ホールディングスを支えているのは、コンビニのセブンイレブンであり、イトーヨーカ堂は2016年3月に今後5年で40店舗を閉鎖すると発表している状態で未来は暗く、師と仰ぐ存在では無くなってしまった。

二つ目は、ベニマルの社長が創業家の人間でなくなった事だ。別に創業家であろうがなかろうが有能な人物が社長になれば済む事だがしかし、日本においては創業家以外の社長は総じて重い決断を下すことが出来い事がある。過去に創業家社長だった時代、ベニマルがデニーズの事業から撤退する事に関しては社内でも相当にモメたようだが、それでも撤退するとの決断を下したという。しかし、仮の例え話として時代が変化し将来ベニマルが祖業であるスーパーマーケットを捨て、食料品のネット販売と宅配事業に業態を転換する様な事に迫られるとしたら、そのような重い決断が出来るだろうか。

追記:2017/4/21よりアマゾンが「Amazonフレッシュ」、東京の一部地域でサービス開始をしたので、生鮮品のネット販売はもう絵空事ではないのだ。

それに、かつて創業家が「姑息な提案、将来の戒めとせよ」としたことが守られていない事実もある。それは原発事故後の子供たちの室内遊び場として開設した「ペップキッズこおりやま」だ。これはベニマルの倉庫だったものをベニマルが3億円の費用を負担し改装したうえで土地建物を市に無償で貸与しているというその心意気は立派なものだが、しかし、もとものこの場所ではサンショーというスーパーが営業していたもので、結局サンショーはベニマルに負けてツブれてしまったのだが、その土地建物を倉庫と言う名目で同業他社の出店を阻む為、ベニマルが押さえていた事が明らかになってしまった(行為自体は前述の通り大変素晴らしく称賛されるべき事だが、土地建物を無償で貸与したと言う事は倉庫として無くても大して困らないものだったといえる)。さらにこれはウワサに過ぎないが、安積黎明高校北西側のパラマウント工場跡地もベニマルが押さえているとされていて、戒めを忘れてしまったかのようなのだ。

原発事故後の子供たちの室内遊び場としてベニマルが費用を負担し開設したペップキッズこおりやま その意気は立派なものだが、しかし戒めを忘れてしまったか…
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三つ目は、郊外化の波に乗った店舗である。これから人口減少がさらに進み、そしてコンパクトシティの流れが加速するような事、さらに歩いて暮らす街作りが顕著になるような事が有れば、これまでに築いてきた郊外の店舗群は利益の源泉では無くなってしまう事だって考えられる。その時、都市部にある様な駐車場無しでビルの一角の小規模店舗への転換が迫られるとしたら、先の西友などは都市型小規模店舗について沢山のノウハウを持ち得ているのに対し、ベニマルは逆にノウハウが無い状態であるから中々苦労させられる事になるだろう。

ここに書いたことは極端な事だがしかし、諸行無常あるいは栄枯盛衰は世の中の常であり将来に渡り繁栄が約束されている事などはないのである。確かに将来の事など誰にもわからないが、しかし何らかの備えは必要な筈だ。そこで少々ヒントの様なものを取り上げてみると、それは、同じ地元企業であるゼビオが、エクスプレス店と言う形で中心市街地に出店している事だ。
この郡山でも2016年の秋に郡山駅前のAti郡山内にゼビオスポーツエクスプレスアティ郡山店と言う形で出店した。ご存知の通りゼビオもまた郊外に店舗を構えるスタイルで拡大してきたが、ここに来て典型的な地方都市である郡山で駅前に店舗を構えたと言う事は、ゼビオも将来へ向け何か模索をしている事が伺えるのである。

中心市街地にゼビオスポーツエクスプレスアティ郡山店としてゼビオが出店
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追記:以前の水戸の記事にも追記したが、郊外の王者たるイオンもまた、OPAを足掛かりに中心市街地へ出店し、将来を模索し始めている。まずは、水戸南口のヤマダ電機が撤退した水戸サウスタワーへ2017年3月の出店を始めに、フォーラス改め2017年秋にリニューアルする秋田OPA、同じく店舗を立て直す大分OPA。そして2017年秋に新規開店する高崎OPAといった具合である。

水戸駅南口 水戸サウスタワーに出店した水戸OPA イオンもまた中心市街地へ出店しその将来を模索する
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別にゼビオのマネをしろなどという訳ではないが、しかし、ベニマル程の企業であるならば中心市街地に1店舗位出店する事など造作も無い事だろう。むしろ、スーパーマーケットでは無い店舗を構えてみるのが良いのではないか?幸いベニマルが属するセブン&アイ・ホールディングスには、その傘下にあらゆる業態の小売店を抱えているから、かつてのデニーズの様にフランチャイジーとしてLoftやFrancfrancといったスーパーマーケットとは全く異なる業態で出店することによって、社内に新しい風を吹き込む事も必要なのではないか、もしかするとそれは将来に向け新たな成長の芽を生むきっかけになるかもしれないのである。無論、郡山市民もこういった店舗が駅前に出来たとなれば喜ぶ事に違いないし、さすがベニマルだとこれ以上無い位に信頼も増すと思うのだが果たしていかがだろうか?

追記:2018/1/26 楽天とウォルマート、戦略的提携を発表- 日本でネットスーパー事業を展開とのプレスリリースを出した。アマゾンフレッシュへの対抗として、楽天とウォルマート(の子会社の西友)が組んでネットスーパーを始めるとの事。無論このネットスーパーが上手くいくかどうかは未知数だが、このままアマゾンフレッシュを指を咥えて見ている訳にはいかなかったと言う事だろう。
リアル店舗を展開している西友が楽天と組んでネットスーパーを始めると言う事は、アマゾンフレッシュなんかよりベニマルはもとよりセブンアンドアイホールディングス内での衝撃が大きかったのではないかと想像する。スーパーマーケットの勝ち組とされセブンアンドアイホールディングスでスーパーマーケット事業の中核をなしているベニマルではあるが、いつまでも安穏とはいかずいよいよ将来に向けての大胆な施策が必要になっているのではないか。
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郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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