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見てるだけでまざりたくない?...うねめまつり

郡山の夏の風物詩であるうねめまつり(郡山の夏はビール祭りに始まりうねめ祭りを経て安積町の花火大会で終わるのだ)今年は丁度50回目の開催となり節目の年であったようだ。

その始まりは50回目という事からも分かる通り藩政時代から続くといった長い歴史があるものではなく(藩政時代の郡山は一介の宿場町に過ぎずそもそも大して歴史がないのだ)、50年前となるその当時郡山市の市町村合併があり市と商工会議所が中心となって、郡山には元々夏祭りがなかった事もあり郷土のうねめ伝説をモチーフとして作られた事に由来する。その目的に市町村合併による市民の融和を図るといった理由付けも有ったのだろうと思われる。

さて、そのうねめまつりであるが今となってはその目的も失われ惰性で続いているようなもので、残念ながら市民の関心も少々薄れてしまった状態にある。興味の無い市民からすれば「今日はうねめまつりか、交通規制で駅前が混むなぁ」位の意識しか無いだろう。そこで今回はうねめまつりについてなぜ市民の関心が薄れてしまっているのか、そしてどうすれば市民の興味を取り戻せるのか少々考えて見たい。

まず真っ先にうねめまつりで言えることは、祭のメインイベントたるうねめ踊り流しに使われる「うねめ音頭」がどうにも古臭いと言う事だ。「♪皆さん見でねでまざんねがい(標準語訳:皆さんも見ていないで一緒にやりましょうよ)」などというくだりはもう昭和臭がプンプン漂い惨憺たる気持ちにさせられ見てるだけでまざりたくなくなってしまう。うねめまつりを始めた当時は夏祭りといえば盆踊り的な発想しか出来なかったのも致し方なかろうが、いかんせんうねめまつりを回を重ねて続けていくにあたりアップトゥデートで時代的な要素を織り込まず変化できなかったのが最大の敗因なのだと思う。

いきなり結論を書いたようになってしまったが、しかしそれは郡山市民がみんなが感じていることで、昔一緒に仕事をしたとある会社の社長さん(フリーランスというか自営だから社長ということになる)がこんなことを言っていたのを思い出される。「あの古臭い踊り流しではなくて、もっと面白い事が出来ないものかと…例えば春姫が奈良の都から逃げ帰る際、追っ手から逃れる為、坂の上から石を転がし落として抵抗したという故事があるのだからそれに因んで、桜通りの虎丸を出発し八幡坂を大玉(巨大なボヨンボヨンしたバランスボールのようなもの)を転がして下り、追っ手に見立てた張り子を作りそれに大玉をぶつけてぶっ壊す。なんてのはどうだろうかと、確かにバカバカしいといえばバカバカしいが、バカな事を思いっきりやるから面白いんじゃないかと…」石を落として抵抗したという故事の信憑性やその内容はともかくとして、やっぱりみんな多少なりともうねめまつりをどうにかしたいと思っているのである。

僕自身もうねめまつりは久しくいっていなくてブログのネタに使えるかなと言う訳で、今年は久しぶりにうねめまつりを見にいってみることにした次第だ。とはいっても丁度その日は八木眼科にコンタクトを取りに行く用事があったのでそのついででもあるのだが…(このあたりに関心の低さがあらわれている)。さて眼科の用事を終えた午後3時過ぎ駅前大通りへ向かっていくと、やってるやってる。先ずはざっとイベントをみてみよう。

自衛隊マーチングバンドのパレード。この後、郡山北高・喜久田小と続いた。
郡山市は音楽都市を標榜しているから駆り出されたといったところだろうか?
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滝のモニュメントがある駅前広場では、浴衣コンテストなるものを開催。左隅の司会の女性が美人だ。
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ミスうねめの皆さんとがくとくん。
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ゆるキャラ復興会議2014。
姉妹都市久留米市のゆるキャラ「くるっぱ」、だが坊やの表情は冴えない…。
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メインイベントのうねめ踊り流し。
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巨大な太鼓もやって来ました。
巨大な太鼓もやってきました

久し振りにうねめまつりに来てみたが、僕が思っていた以上に人出があったことは何よりも驚いた。これ程郡山駅前に人出がある事は残念ながら他にはないし、イベントなどもライブや浴衣コンテストなどの在り来たりなものから、ゆるキャラ復興会議と称するブームに便乗したものまで祭のイベントとしてそれが面白いかどうかは別として、何かをやってとりあえず盛り上げようとする意気込みは感じられた。この人出は郡山市民がうねめ祭りに対しまだまだ期待していると言う事であるとも受け取れたし、個人的な感想を述べれば仙台の七夕祭りよりも祭りとしてはずっと楽しめるとも思えたのだ。実は6月~10月の間、僕はしばらく出張で仙台で過ごしていたので(だからこのブログの更新も間があいてしまった)ちょうど仙台七夕祭りも見てきている。七夕祭りはさすがに仙台のアーケード街を埋め尽くす程に人・人・人で溢れているものの、ただただ七夕飾りがぶら下がっているだけでこう言っちゃ悪いがなんともつまらない祭りだった。祭りとしてはうねめ祭りの方が勝っていると言ってしまってもいい。しかし仙台七夕祭りよりマシだといってもいまひとつ精彩を欠くのもまた事実だ。さらに一つだけ七夕祭りに有ってうねめ祭りには無い物が有って、実はそれこそが今後のうねめ祭りを左右する決定的な要素であり、うねめ祭りがそこそこな祭りから脱皮するために必要であると考えるのだがそれは後述することとして、まずは僕なりにうねめ祭りに対し幾つかの提案をしてみようと思う。

・とにかくどうにも古めかしいうねめ音頭は作り直すべし
冒頭に書いた通り、とにかくこの古めかしいうねめ音頭は早急に刷新すべきである。それも1回作り直したからといってまた何十年も使い続けるのではなく、4~5年間隔で作り替えていくことにすれは常に時代にあったものとなるだろう。さらに郡山市は音楽都市を標榜しているのだからいっその事公募してしまうとよいのではないだろうか?つまり人材育成の観点からプロ・アマ問わず若手(25歳以下)に限定して公募してしまうのだ。採用作品にはもちろん賞金をつけてささやかではあるが将来を担う人材を発掘・支援するのも音楽都市の使命ではなかろうか。またこういった事を粘り強く続けていけば後日有名な人が出た際に実はあの人若い頃にうねまつりのテーマを作った人なんだよというこ事も起こってくるだろうし、郡山に縁やゆかりもできるのではなかろうか。(若干例えが異なるがうすいのCMに若かりしころの浅野ゆうこが出ていたのは郡山市民ならご存知の筈だ)

・目立ちたがりを(失礼)担ぎ出せ!
今回僕がうねめ祭りを見ていて「おっ」思った事が一つあった。それは写真のミスうねめのパレードなのだが、そのクルマを出しているのが地元のロードスターのオーナーズクラブの方々だと言う事だ。最初にひと目見たときは、クルマもだいぶヤンチャ仕様だしなんて目立ちたがりな人達なんだw(失礼で申し訳ない)と思ったけれど、しかし改めて考えればこれは大変すばらしい事ではないかと考えを直したのである。仮にこれがクラウンのオープンカーだったら業者に頼んだのだなぁと思ってお終いだろうが、趣味が高じたとはいえこうやって自分の時間を投げ打って(会社だって土日が休みとも限らない訳だし休み出なければ有休をとらなくてはならないだろう)うねめ祭りに協力してくれるのだから非常に有り難い事だと思ったのだ。確かに言ってしまえは愛車の見せびらかしの場には違いないが、こういった目立ちたがりや出たがりさんを(おだてて←一言多くてスマン)担ぎ出す事が、後述するうねめ祭りを凡庸なまつりから脱皮させる鍵はここ隠されていると感じたのだ。

地元ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレード。
趣味が高じたとはいえこうして協力してくれるのは素晴らしい事だ。
地元ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレード。ミスうねめのパレード。趣味が高じたとはいえこうして協力してくれるのは素晴らしい事だ。

・楽都を標榜するなら生演奏をしてもらおう
郡山市は楽都を標榜しているから、市民楽団の人達も担ぎ出し、公募して作ってもらったうねめ祭りのテーマを、弦楽、ピアノ、木管、金管などのアンサンブルを滝のモニュメントがある駅前広場で生演奏するのである。その生演奏をそのまま駅前大通りに流し、それをもってうねめ踊り流しをするのである。もちろん市の売りである合唱でやってもいいし、ギター抱えたロック少年というのだって有りだ。複数団体で行えば1演奏10~15分位で交代して2時間の踊り流しの演奏をこなす事も出来るし、自分達の演奏のアピールにもなる。そうすれば音楽の裾野を広げるきっかけに繋がっていく筈だ。

・何か腕に覚えがある人達をボランティアで担ぎ出せ
さらにさらにこの方針を徹底して、その道で趣味が高じた人達も担ぎだしてボランティアとして協力してもらうのである。一般にボランティアというと、人員誘導など警備にかかる経費を浮かせたいといったようなしみったれた考えがあるようだがそう言う事ではない。万が一ボランティアに誘導させて事故でも発生したらその責任は誰がとるのかといった問題だってありえる。僕が言っているのは色々なジャンルで腕に覚えがある人達、それはプロとして技術を持っているという人だけでなく、素人だが趣味が高じて相当な腕前を持つ人達等も担ぎ出してその腕前を存分に発揮してもらうのである。最初は当人も敬遠するかもしれないが、回を重ねていけば上記のロードスターのオーナーズクラブの様にきっと快く引き受けてくれるようになる筈だ。(ロードスターのオーナズクラブによるパレードは2000年頃から行っているようだ)
例えば僕がうねめ祭りの写真をとっていた際も、沿道には白レンズを装着したカメラで祭りを撮影をする人達を何人も見かけた。この人達に正式に祭りの撮影を依頼し祭りの様子を撮影してもらい、そして撮影した写真はコピーライターにキャッチコピーを付けてもらい、webデザイナーに依頼しうねめ祭りアーカイブとして毎年ネットに公開するといった具合だ。(僕の様な駄文を弄するブロガーは論外だけど)数多のごとく存在するブロガーには文才を持った方がたくさんいるから、素晴らしいサイトやコピーもお手の物だろう。又、8月中はモルティ1階の展示スペースに今年の分をうねめ祭り写真展として展示するのもいいだろう(8月は商売が暇な時期だから可能なはずだ)。年をかさねれば郡山市の見事なアーカイブアルバムが出来上がる次第だ。もちろんここに書いたのはほんの一例に過ぎず、他にも色々な事ができるのではないかと考えられるのだ。何かとりえある人には協力してもらい持てる技は出し惜しみ無く披露してもらうのである。

・メインイベントのうねめ踊り流も大胆に変更
さらにメインイベントのうねめ踊り流しであるが、これも大胆に変えてしまう必要があると思う。どうにも古臭いうねめ音頭もさることながら、この踊り流しもまた問題を感じる。それはうねめ踊り流しが地元優良企業がお付き合いで(渋々)行うものといった雰囲気をかもし出していて、(僕の様な自転車をこいでる中小企業の従業員の負け犬の遠吠えに過ぎないが)なんだかピラミッドの頂点に立つ地元の優良企業が(銀行やマスコミ等)、やってあげているのだという選民思想すら漂うのだ。まぁそこまで大げさではないにしろ、踊ってる人達が少なくても楽しそうではないのだから、見ている方だって楽しい訳がないのは確かなのである。
そこで踊り流しをしているミスうねめを見ながら思いついたのは、いっその事大胆にこの踊り流しをコスプレパレードにかえてしまったらいいのではないだろうか?ミスうねめの衣装を見れは、なるほど現在のコスプレに通じるところもあると感じるし、昨今のハロウィンを鑑みればコスプレが大ウケで盛り上がりをみせているのはご存知のとおりだ。長年取り組んできた川崎市あたりを参考にし、初めのうちはコスプレイヤーを呼ぶなどして市民になじんでもらい、後はなじんでしまえはシメたもので飛び入りもOKでやってしまえばいいのである。そのうち面白そうなことを嗅ぎつけた外人なんかもやってきて大いに盛り上がるようになるのではなかろうか?

ミスうねめの衣装は、現代のコスプレに通じるものがある。
costume_play.jpg

・うねめまつりに無い物とは?
さて、うねめまつりに無い物とは一体何なのか?それはうねめ祭りのその出自にある。先にも書いたとおりうねめ祭りは市と商工会議所が作った祭りである。それが故市と商工会議所が何かやるのだろうといった具合で自分達の祭りという意識が希薄なのだ。例えば、9月下旬に同じく駅前大通で行われる安積国造神社の例大祭は、小学生低学年では山車を引っ張り高学年では神輿を担ぐ。子供心に神社の祭事がどうのこうのなどとは全く考えもしないだろうが、しかしそういったことから例大祭は自分達の祭りであるとの認識が醸成されるのである。又、つまらないと書いた仙台の七夕祭りだって明治期に新暦の採用によってすたれてしまった七夕を昭和初期に地元の有志達によって復活させた訳でそれはやはり自分達の祭りであるという思いがあるのだ。

・自分達の祭りを取り戻せ
まずは、先に書いた通り目立ちたがりやさんには存分に目立ってもらう、腕がある人にはその腕を存分に発揮してもらうといった具合で先鋒を担いでもらい、市民参加型の祭りの呼び水にする事が、ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレードの所に書いた隠されていた鍵であり、特に何にもとりえの無い人だって、ドンキでコスプレ衣装を買ってくればすぐに参加できますよ~となれば、それが自分達で演出し自分達で参加し自分達で実行する「自分達の祭り」を取り戻すこととなり凡庸なまつりから脱皮出来る条件であると考えた次第である。それは冒頭古臭いと切って捨てたうねめ音頭の一節である「みなさんみでねでまざんねがい」といちいち言われなくとも実践することができるのだ。

・祭りを行う際の環境整備も怠るべからず
さて最後に祭りを行うに当たり、駅前の環境整備も行う必要があると言う事も述べておこう。
今回うねめ祭りをみて「へぇ~」と思ったのは祭りにはつき物の露店が中町夢通り(うすい~ビューホテルアネックス間)に集約されていたことだ。確かに駅前大通の歩道は祭りを見物するためのスペースとして確保できるし、露店も集約してるから独特の雑多な感じもでて、こはれいいと感じた。

さらに、2つ3つ提案させてもらうなら、うねめ祭りでも結構な人出があったから随所にオーロラビジョンをちょっと腰を下ろして休める所と合わせて設置するといいだろう。(そこに露店を出してもかまわない)これは2013年に福島市で行われた六魂祭での僕の経験なのだが、とにかく人が多すぎてあらゆる所で入場規制をしいていて、例えば福島駅の構内から人を追い出し入場させず、電車が来たときだけ電車に乗れる分の人数しか切符を売らなかったり、祭りのパレードが行われる通りは1つ前の路地におまわりさんがいて、そこから先に進めさせないといった有様でどうにもいる場所が無く、ブルーインパルスだけを見て渋々帰ってきた事があった。折角来てくれた観光客がこんな目にあったら、悪い印象を与えてしまい2度と来てくれなくなってしまうではないか。

それに関連して、うねめ祭りを行う際には駅前大通りを封鎖して行うが、この際路線バスは駅前区間のバス停が休止となるが、これはやはり問題があると思える。市内を走る路線バスはともかくとしても、都市間を結ぶ高速バスは地元民とは限らない訳で、地理不案内な地でとんでもない所で下ろされたりするのもたまったものではないだろう。日の出通りを早急に整備し、迂回運行で郡山駅前のバスターミナルに到着するように公共交通を確保する事も必要だ。

それから折角いろいろな出し物をするのだからみんなに見てもらうよう演出する必要もあるだろう。例えば、ゆるキャラ復興会議だが、只だらだらとふれあいするだけでなく、はるばる遠路来てもらっているのだからステージに上がってもらい(そうすれば写真だって撮りやすいし)、○○県の誰々ちゃんで、地域の産品はコレコレですとキッチリ紹介してあげればいいだろう。そしてその地域の産品は、祭りの期間うすいの催事場でゆるきゃらご当地物産展として行うなどして相乗効果を狙うの事だって有りではないだろうか?

ステージに上がるがくとくんと片方の名前は知らないw
こんなことが無いようにキチンと紹介してあげればよいのだ。
ステージに上がるがくとくんと片方の名前は知らないw

以上、僕が考えたうねめ祭りの活性化案である。一個人が考えたトンデモプランかも知れないが、しかしうねめまつりがいつまでも古臭く凡庸なまつりでいる訳には行かないのだから、何がしかの手を打ち今以上に盛り上がりを見せるようになることを切に願うものなのだ。
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Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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