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郡山で唯一のモノがあるペデストリアンデッキ

郡山駅ビルの商業フロアS-PAL 2階のロッテリア脇の出入口から、向かいのビッグアイの商業フロアモルティを繋ぎ、更に北へ市営の駐輪場と西口駐車場へと続くペデストリアンデッキ。郡山駅駅西口の再開発事業としてビッグアイが建てられた際、駅前広場(タクシープールやバスターミナル)と共に整備された。

ペデストリアンデッキ

このペデストリアンデッキを駅から駐車場方面へ歩いていくと(別に駐車場から出てきてもいいのだけど)唐突に現れるのが写真の動く歩道だ。おそらく現時点では郡山はおろか福島県では唯一ここだけに存在するが、たった20メートル位の距離しかないのでたいして役に立ってないのは想像に難くない。ここに設置した訳は知る由もないが、ここではなく西口と東口の連絡通路に設置すれば大部役に立っていたのではないだろうかといつも考えてしまう。とはいえここを通ればついつい乗ってしまうのだ(ちょっぴり都会の気分が味わえるw)。

動く歩道

しかし、それ以上にこのペデストリアンデッキが残念なのは、連絡している施設がモルティ、駅ビル(しかも2階の端にある出入口)、市営駐輪場、西口駐車場の4つのしかなくて相当に利用者の範囲が狭いであろうという事だ。 西口の端っこからさらに街外れに伸びているので回遊性も生まれていないし、さらに不幸なのは上記の4つの施設以外ペデストリアンデッキに隣接する民間のビル等も無いので(少し離れてる)出入口を連結することも出来ず相乗効果も発揮できない状態だ。僕の勝手な想像だと、全市民の3分の2位の人はこのペデストリアンデッキを歩いたことすらないのではなかろうか?

唯一存在するビル(右側)だがペデストリアンデッキと離れていて連結できない

さて悪い事ばかり書いたが、利用している人には確かに恩恵があると言う事も少し書いておこう。例えば、モルティのテナントに勤める店員さんによれば、従業員の指定駐車場は西口駐車場なので(余談だが従業員でも駐車場は有料なんだそうだ)この屋根が付いているペデストリアンデッキは雨の日でも傘がいらず便利ではあるという。ちなみにその店員さんもやっぱりあの動く歩道はショボいよねと言っていた。(でもちょっとだけ歩くの速くなるからまぁ乗るっていってたけどw)

屋根があるとやはりありがたい

こういった現状を踏まえ、次回はこのペデストリアンデッキについて少々考えてみたいと思う。
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夢のデパートは夢を取り戻せるか?

♪~ 洒落たセンスのうすい 私のう・す・い ♪~

といえば郡山市民にはおなじみ郡山の中町にある老舗デパートうすいのCMソング。僕が小学生だった昭和50年代後半、うすいには大変な活気があった。日曜日のうすいは人で溢れていたし(逆に定休日の火曜日は中町から人が消える…それ程影響力があった)、年に何回か定休日を返上して行われる友の会会員限定のセールともなれば、平日にもかかわらず中町は人でごった返しシッチャカメッチャカもう収集がつかない程の盛況ぶりだった。普段の食料品はベニマルだが、何かの時は決まってうすいに出かけたもので、まさにCMソングの通り「幸せ売ってる夢のデパート」だったのだ。
当時はTVを見ればうすい提供の天気予報が流れ、郡山市内を走る福島交通のほとんどの路線バスには(正式な割合はわからないが感覚的には7~8割位か)車体の左側全面にうすいの広告が掲げられていたし、地元紙の福島民報や福島民友の番組欄にある広告も定まっていて(当時は宣伝広告費を相当使っていた筈で改めて考えるとコレは凄い事だ)うすいを意識しない日は無いといえ郡山市民の生活に深くコミットしていたといっていいだろう。
しかし、諸行無常あるいは栄枯盛衰とでも言うべきか郊外化の流れやバブル崩壊後の失われた10年のさなか、うすいはその地位をどんどん低下させついには倒産寸前のところまでいってしまう…夢のデパート自身が夢などと言ってる場合ではなく厳しい現実を突きつけられたのである。

元ネタのCMを貼ると共に、今回は少々うすいについて振り返ってみたい。

うすいCM その1 その2
うすいCM リニューアル版 その1 その2

usui.jpg

さすがに僕もあまり旧い話は分からないので、wikipediaを紐解いてみると、

・1959年(昭和34年)中町にあった丸伊デパートを買収して第2うすいとして増床。
・1965年(昭和40年)福島市の地域一番店だった中合の年商を抜き福島県全体の地域一番店となる。
・1967年(昭和42年)仙台市から丸光が進出。地場の呉服店が百貨店化した津野本店が開業。
・1969年(昭和44年)イトーヨーカドー進出。
・1975年(昭和50年)西友(後に業態を西武に変更)、丸井、ダイエーが進出し郡山駅前は激戦状態へ。特に大町に出来たダイエーとの商戦は熾烈を極める。
・1980年(昭和55年)丸光撤退。
・1987年(昭和62年)津野本店廃業。

この経緯を見ると、昔のうすいが第1、第2と建て屋が二つあったのはそんな理由だったのかと分かる。丸光の郡山進出と撤退のあたりまで僕は分からないのだが、少し上の世代(ベビーブーマー世代)だと丸光にはよく行ったような話は聞かされる。
地元の大地主津野一族が経営していたという津野本店は意外と長い間営業していたようなのだが、僕には店内に入った覚えが無くシルバーパネルの外壁を持つ窓の無い謎の建物だったという記憶しかない。もっとも閑古鳥が鳴いているという専らの評判だったからきっと入りづらい店で殆どつれてもらっていった事がなかったんだと思われる。

さて丸光撤退後の(津野はとるに足らない)うすいは我が世の春を謳歌する(とは少々大げさか)。隣にあったイトーヨーカドーは規模が小さかったし、因縁深きダイエーは気がかりではあるものの、全国区で都会的な丸井や西武に対し(この2店は値段も高かった)ある意味うまく棲み分けが出来ていて、よく言えば庶民的で親しみやすい、悪く言えば地方にある田舎のデパートでなんとも垢抜けしないのだが、しかしそこは地元資本だけあって郡山市民の好みを把握し心をガッチリつかんで離さなかった。それが冒頭に書いた活気にあふれていたうすいだったのだ。しかし、そのうすいにも少しずつ不穏な影が忍び寄ってくる。

まずは1989年(昭和63年)のイトーヨーカドーの郊外移転に始まる。この頃に前後して、飲食、服飾、家電等の大小様々な小売り店が郊外へ出店。当時はバブルの最中だったから客を郊外へ取られるといってもそれ程深刻な影響がなかったのかもしれないが、しかし郡山市民に車で郊外に買物へ行く便利さに気付かせてしまった。郡山駅前から客足が少しずつ遠退き地盤沈下が始まっていく。
その後バブルが崩壊し消費不況が小売り業界を苦しめる。既にこの頃なると中心市街地の衰退が顕著になり、1994年(平成6年)遂にダイエー(トポス)が(結局うすいを攻略出来ずに)郡山から撤退し大町の人通りが激減。そして1996年(平成8年)その頃整備中だった国道4号バイパスの開通と合わせて日和田にジャスコが開業(今となってはそうでもなくなってしまったけど当時はその巨大な店舗に驚かされたものだ)郊外化の荒波が容赦なくうすいを襲い続ける。

しかしうすいもこの状況をただ座して静観してた訳ではない。1993年(平成5年)に決定した市街地再開発事業都市計画の組合を1998年(平成10年)に設立し、中町再開発事業として中心市街地の再興を図るべく当時の第2うすいを解体し跡地に「中町再開発ビル」と称する東北でも有数の売り場面積をもつ新店舗を建設。1999年(平成11年)より新店舗で営業を開始する。従来の田舎臭さを払拭し都市型高級路線で積極的に打って出たのである。
ところがその戦略は外れ、巻き返しどころか返り討ちにあってしまう。増床したにもかかわらず売上高が計画比大幅な未達となり赤字計上が続く、あれこれと策を講じるものの改善を図るまでには至らない。うすいが売上げ減に喘ぐさなかの2000年(平成12年)郡山駅前の西友郡山西武店が閉店しザ・モール郡山として郊外に移転するなど、ますます中心市街地の地盤沈下が続く。
そしてついに2003年メインバンクの秋田銀行からの申請によりうすいは産業再生機構への支援申し込みとあいなった。産業再生機構のレポートによれば、「再開発ビルという過剰設備とこれに伴う多額の有利子負債が重荷となって解決の糸口を見出せなかった」とある。
産業再生機構の下で、債権放棄や三越の仕入れ支援やテナント誘致などが行われ再出発を果たしたうすいは、やや持ち直した状態にはあるといえるが、しかし地方都市における中心市街地の空洞化という問題は依然として解決していない。

丸光、津野、イトーヨーカドー、ダイエー、西友、丸井(最後まで頑張った丸井も2008年閉店)と並み居るライバルの挑戦を見事はねのけ移転や閉店に追い込んだともいえるが、自らも無傷とはいかず致命傷を負うことになる。また実のところ地方都市における中心市街地というのは泥舟になりはててしまい、他社は泥舟から逃げ出すネズミの如く中心市街地から逃げ出したのに対し、逃げ遅れてしまったのがうすいだったのかも知れない。
しかし1662年(寛文2年)から続くとする老舗であるうすいにとって、創業の地である中心市街地を離れる選択肢は無かったのだということなのだろう。そうであるならば失敗だったとされるリニューアルについてその原因を探り中心市街地と共に歩む今後のありかたについて又別の機会に考えてみたい。
プロフィール

あさか野

Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

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