その有難くない伝統は守られている? あさか野夏祭り花火大会

郡山の夏の風物詩である花火大会。今回はこの花火大会について少し書いてみたい。今年は花火の写真をいくつか撮って来てみたのでそれらを合わせて見ていただければ幸いである。

以前にも書いた通り、郡山の夏はビール祭りに始まりうねめ祭りを経てこの安積町の花火大会で終わりとなる。2016年で第45回との事で意外と長いこと行われているこの花火大会だが、古い郡山市民なら知ってのとおり元々は安積永盛駅付近の阿武隈川の河川敷で行われていたものの、カルチャーパークに場所を移して行われるようになった。
本来、郡山の花火大会と言えば開成山で行われていたものがメインであり、他に富久山と安積でそれぞれ行われるものは、ささやかながらも地域の花火大会として存在していたのだが、しかしいつの年だったか(多分2000年前後)その開成山の花火大会が突如として終了する事となってしまう。その理由は定かではないが、住宅街にある開成山での花火は安全上問題があるとか、住宅街であるがゆえ花火の音が煩いと苦情が多かったとか、そもそも不景気で協賛金が集まらないからだなどと当時は噂されていたものだ。

asakano_fireworks1.jpg

その後どういう経緯を経たのかは解らないが急遽担ぎ出される形になったのが、安積町の花火大会なのである(開成山の花火大会がなくなった当時はバブル崩壊後のいわゆる失われた10年のさなかで相変わらず不景気風が吹きまくっていて、協賛金が集まらないから無くなると言われればそんなものかと感じていたし、また僕自身その頃あまり郡山に対して関心が無かったのも事実でなんだかいつの間にかそう決まった感じだった)。しかし、突如として表舞台での登板を命ぜられたまではよかったものの、やはりとでもいうべきかその実力不足は否めななかった。先述の通り元々阿武隈川の河川敷で行われていた安積町の花火大会を知る者とすれば分かるのだが、つまり簡単に言ってしまえば打ち上げ数が少ないのである。

打ち上げ数が少ないと言う事はどういうことか言えば、そう花火が打ちあがる間隔がもの凄く長いということだ。花火のひと纏まりが、バラバラバラ…っと打ちあがるとしばらく間が空き5分10分当たり前の状態なのである。タイトルとした「有難くない伝統」とはこの間隔の事であり、カルチャーパークに移転開催されている今現在においてもホント有難くない事にその長さは顕在であるのだ。
一応、公称の打ち上げ本数はちょっと前までは6,000発だった筈だが、数年前から1万発を謳うようになっているものの、ホントに1万発あるのかと疑いたくなる有様で、火薬の小さい一粒、一粒を数えてるんじゃないか?と嫌味を言いたくなる程なのである。2014年に見に行った際は、7時半頃になってようやく打ち上げ始めたかと思ったら、8時半で早々と終了で「えっもう終わりなの?」とこちらがビックリびっくりしてしまう位なのだ。一般に1万発クラスの花火大会となれば見応えが出てくるとされているが、そのショボさ加減を知っている郡山市民はともかく、そうでない人が1万発という数字を真に受けて見に来た場合、おおいに失望してしまうのではなかろうか。

asakano_fireworks2.jpg

そこで例によって、僕の思い付きに過ぎないがこの「あさか野夏祭り花火大会」に関する改革プランを提案してみたい。まずは開催場所であるが、これはもう猪苗代湖しかないと思っている。かつて一介の宿場町に過ぎなかった郡山は街道筋以外は水利が悪く安積原野などと呼ばれた荒れ地が広がっていたと言う。しかし明治期に猪苗代湖から水を引く安積疎水が国直轄の農業水利事業第1号として着工し、僅か3年で完成を見た安積疎水は郡山を一大穀倉地帯に変え、また猪苗代湖と安積疎水の落差をいかした水力発電の電気で紡績工場を稼働し、紡績・繊維産業の発展に寄与するなど現在の郡山の礎となったという具合で郡山市民にとって猪苗代湖は切っても切り離す事が出来ない特別な存在なのである。無論現在でも安積疎水は農業用水や水道水としても使われているし、夏になれば猪苗代湖で湖水浴をするといった具合にとても親しみがあふれているものなのだ。
その特別で親しみあふれる猪苗代湖で花火大会を行う事は、郡山市民にとって安積開拓から現代に至る事に対し色々な思いを馳せることであろうし、先人達の苦労に報いる事にもなると思うのだ。さらに安全面を考えても、湖上で行えば下が水であるから火災のリスクも大幅に低下するから、大玉やナイヤガラなどの様に盛大な花火も出来るだろう。

猪苗代湖から流れ出る日橋川の十六橋の袂に建つファンドールンの銅像
安積疎水が無かりせば今の郡山は無かった
PICT6727.jpg

この湖での花火大会というのは、長野県の諏訪湖で行われる「諏訪湖祭湖上花火大会」にモチーフがある事を否定はしない。平たく言えばパクったと言う事だが、しかしそれはYOSAKOIの様に劣化コピーを作るのではなく本家の「諏訪湖祭湖上花火大会」を追い落とす規模を実現し実施すると言う事だ。諏訪湖の花火大会はその総打ち上げ数は約4万発で、打ち上げ数で国内最大とされているから、それを上回る公称4万5千発の花火を打ち上げるのである。
しかし、打ち上げ数が少なくやっとやっている感のある「あさか野夏祭り花火大会」が、猪苗代湖に場所を移したからと言ってで4万5千発も打ち上げられる訳がないというツッコミもあるだろうが、僕は何も郡山市が単独でやる必要はないと考えていて、猪苗代湖に面する自治体つまり、郡山市、会津若松市、猪苗代町で共同で実施すればいいのである。郡山方、若松方、猪苗代方の3ヶ所でそれぞれ花火打ち上げ用の桟橋を整備しそこから1万5千発ずつ打ち上げ、その名目を「日本一湖上花火大会」としておこなうのだ。

asakano_fireworks4.jpg

知っての通り福島県は原発事故による風評被害により、観光は大いにダメージを受け未だ回復を果たせていない。しかし福島県のやっている事は風評だから来てくださいというばっかりで、ちっとも効果があがっていないと言える。確かに風評の面は大きいだろうことは否めないが、しかし、人を引き寄せるための方策がすっぽりと抜け落ちてしまっている。要はここでしか見られないものつまり「日本一の花火大会は猪苗代湖だ!」という目玉を作り、これで風評の払拭とするとともに、反転攻勢の起爆剤とするのである。風評で来たくないなんて言いう奴らを「日本一」という冠でねじ伏せ否が応でも来させる位の事をやる必要があると思うのだ。

asakano_fireworks3.jpg

一ケ所からではなく三ケ所に分散して、花火を打ち上げて日本一というのは異論があるかもしれないがしかし、これは新たな演出も出来ると考えられる。例えば、三か所から同時に打ち上げて、遠近両方の花火を楽しむといった事も出来るし、それぞれ時間差で個別に打ち上げれば、間隔が空くと言う事も解消できる。三か所から打ち上げると言う事は、見る場所も分散できると言う事で、観客の混雑も分散できると言うメリットもあるだろう。
さらには湖上という点を活かすなら、10万円~の屋形船で(無論飲食付)船の上から花火を楽しむなんて乙な事も考えられるし、そこまで高くなくとも、白鳥丸の様な船からの観覧だって有りだ。又、山に囲まれている猪苗代湖という地理的な要因から、御霊櫃峠、布引山高原、背あぶり高原、磐梯山ゴールドラインから遠景であるものの花火を見下ろすという、普通出来ない観賞のカタチもあり得る。こんな具合に少し考えただけでも、色々と思いつくのである。

布引高原からはこんな風に猪苗代湖を見下ろせる 
nunobiki_kougen.jpg

そして最後に、祭りの様な混雑を伴うものはその環境整備が必要なことも付け加えておく。それは、諏訪湖の花火大会の様に50万人ともいわれる人出があるとするならば、それを捌く仕組みが必要だ。そもそも猪苗代湖周辺に50万人の人と言ったら、道路のキャパは溢れてしまうだろうから、車を排除する必要がある。それは単純に通行止めというより、2万円位のロードプライシングを当日のみ実施し、車で来させないよう差し向けるのだ。道路を通るだけで2万円なら、馬鹿らしいから車で来なくなるだろう。その代わり、周辺の磐梯熱海温泉や東山温泉に宿泊すれば、交通事業者とタイアップするなどして送迎は責任をもって行うとすればいい。そうすればホテルや旅館、バスやタクシー、鉄道事業者など周辺にも経済効果が波及するだろう。
さらにこのネット時代であるから、ツイッターで花火のプログラムの実況や、交通情報、会場案内などして、新しいカタチでの祭りの在り方を模索していくべきだ。
福島県はアピールが出来ないとよく言われるが、しかしそれにまして欠けているのは、地域にあるコンテンツを最大限に活用するべく知恵を絞りそして実行していく事だ。いつまでも風評が…とばかり言っていたって何の解決にもならない。ここらでひとつまさにデカい花火をブチ上げてやっらいいだろう。

猪苗代湖と磐梯山 地域のコンテンツを最大限にイカせ!
DSC09410.jpg

さて、最後に花火大会を猪苗代湖に移転すると、郡山の市街地で行う花火がなくなってしまうが、これは元の趣旨に戻りさやかながらも古き良き地域の花火大会として別途行えばよいのではないか?場合によっては富久山の花火大会と統合も考えられる。地域の子とも達が気軽に行ける小さな花火大会、そして日本一の冠を持つ盛大な花火大会と二つの正反対な花火大会が有るというのも面白いではないか。現状の様な特に個性もなく内向きで何事も中途半端が一番ダメな事だろう。
スポンサーサイト

超ゆるゆるな夏の始まり ビール祭り(サマーフェスタ)

郡山に夏の始まりを告げるビール祭り。一体どんな経緯やコンセプトを持つのかも、いつ頃から始まったのかも定かではないが、毎年7月25日前後の週の中頃から週末にかけて開成山公園で行われている。調べてみると実は今年で21回目となるそうだから意外と長い事つづいているようで、前述の通り趣旨の程は不明なのだが「ビール祭り」と称する事から暑気払いとばかりに、ビールを飲んで酔っ払って上機嫌になれればそれでイイではないかというとっても安直でゆるゆるなイベントだ。(別に僕はこういうのも嫌いじゃないぜ)
事実、夏=ビール=ドイツというイメージからか、ドイツ人の音楽隊に演奏をしてもらうあたりは、安直という以外に適当な言葉がみつからないし、そのくせ提供されるビールはキリン、アサヒ、サッポロであってドイツ産ビールが無いとか(サントリーが無いのはまさかいまだに東北熊襲発言が尾を引いている訳でもあるまい)、演奏をしてくれるドイツ人がただの飲んだくれで、いい加減酔っ払ってヘベレケになってるwだとかまぁツッコミどころは満載なのだ。

ビール=ドイツでドイツ人の音楽隊とは実に安直
german.jpg

ひと演奏の後はもちろんビールで乾杯!飲んだくれドイツ人の面目躍如ですw
cheers.jpg

そのビール祭りなのであるが、去年の事だったか外部監査人から市の税金から経費を出すのはおかしいだろうと噛み付かれてしまっている。その内容を以下に引用する。

朝日新聞デジタル 2014年3月27日03時00分
郡山市の開成山公園で毎夏開かれるビール祭り「サマーフェスタ」に郡山市が出している負担金を廃止すべきだ、などとする監査報告書がまとまった。市の包括外部監査人を務める橋本寿・公認会計士が27日、品川万里市長に提出する。

ビール祭りの主催者は、市と郡山商工会議所が主体の実行委員会。市が昨年負担した1860万円は会場費などにほぼ使われ、商議所の負担は半額以下の900万円だった。報告書は「この事業は商工会議所が会員企業などのために実施する単なるビアホールイベントにすぎない。会員企業からの協賛や会員会費でまかなうのが本来のあり方だ」と意見をつけた。

報告書にはこのほか、市営卸売市場の使用料減額措置の中止を求める指摘事項など10項目が盛り込まれた。包括外部監査は、監査委員が行う従来の監査制度が形骸化しているとの反省に立ち、1997年の地方自治法改正で制度化された。


ビールを飲んで酔っ払っているほうからすれば、そんな「こまけぇこたぁいいんだよ」といったところだろうが、市としては指摘を受けたからには、何らかの理由付け(言い訳というか屁理屈)は用意したのか今のところビール祭りは継続している。しかし、こういった指摘を受け冷や水を浴びせられた格好になったのは、やはりビール祭りの主旨が弱いと言う事や、市民生活のワンシーンとしてまだまだ根ざしきれていない事の裏返しではなかろうか。そこで、こういったつまらない指摘を受けないようにするにはどのような祭りにすればよいのかを少し考えてみたい。

飲んだくれドイツ人には任せられんっ!という事でスイングマーマレーズの皆さんの演奏
mamalades.jpg

これはビール祭りに限ったことではないが、同じく郡山で夏に行われるうねめ祭りや安積町の花火大会にも言えることなのだが、これらの祭りの全てがどうも内向きであると言う事だ。郡山の外から人を呼び込もうとする考えがこれっぽっちもなく、そのどれもが小さくまとまって行われる。あくまで市民向けにやるのだからそれでいいではないかと言う事なのかもしれないが、しかしこれは噂に過ぎないが商工会議所とつきあいのある企業は前売り券の割り当てがあるとか(あくまで噂だ)こういった前時代的なことでは楽しさも半減してしまうだろうし、それにそもそも外部監査人から指摘されるのは、ビール祭りを行うにあたり金銭的に持ち出しになるからであって、ならば収支をプラスにしてしまえば問題が解決するのだから、そうであるならばおのずと市民以外の人も広く呼び込める祭りにすればいいと言う事である。
無論ビール祭りを開催しない、あるいは監査人の指摘通り市は一切関与しないと言う事も考えられるが、しかしそれではただですら何も無い郡山は、ますますつまらない無味乾燥な都市になってしまう。

まずは開催する場所であるが、開成山公園の自由広場となっていてココに仮設のステージとテント(客席用)を設置して行われるが、どうもその雰囲気がしょぼく感じてしまう。まぁこれは日本人の特性なのかもしれないが、例えば夏の海水浴場にある海の家に代表されるような汚ねぇほったて小屋にのぼりを並べてといった具合が染み付いてしまっていて、イベントを行う側も参加する側もこういった事に対して何の疑念も抱かないのだろうが、しかしビール祭りにいってみればわかるがこの会場がかなりしょぼいのだ。このしょぼさを吹き飛ばす為にいっそのこと同じ敷地内にある開成山球場で行うのはどうだろう。実際去年に郡山で開催されたB1 グランプリは隣の陸上競技場で行われたが、なるほどスタジアムの活用のしかたについてそれは示唆に富むものだったと思えるのだ。別にビール祭りの会場は陸上競技場でもいいのだけど、ナイター設備があるから夜にやるイベントとしては開成山球場の方がおあつらえ向きだし、わざわざ野球場まで使ってやるとなれば何だが良くわからないけど盛大にやっているように感じる筈だ。同じ仮設ステージと客席用テントであっても球場内に設置すれば雰囲気もだいぶ違うものになるだろう。

テント張りの観客席はしょぼいがそれなりに盛況ではある
kyakuseki.jpg

こんなことを書くと外野の芝生が痛むとか非常につまらない意見が出るのだろうが、それなら人工芝に改修して野球に限らず各種イベントに使えるようにすればいい。何も野球場だからといって野球にしか使ってダメだと言う事はない訳で、野球は無論のこと各種様々なイベントが行われるようになれば、野球関係者だけではなく一般市民にとっても開成山球場に愛着が湧くことにもなる。
また、高校野球を行う球場が人工芝はないだろうとの声もあるかもしれないが、神奈川県大会などは人工芝の横浜スタジアムで行われるし別に問題はない筈だ。ついでに横浜スタジアムの名前が出たので触れておくと、この球場はよくイベントをやる球場なのだそうで(夏はTUBEのライブが恒例との事)、球場の活用の仕方などを横浜スタジアムから学んだらどうだろうか。

さて次は開催する日程についてである。冒頭にも書いた通り7月25日頃に行われるが、本来この頃になれば郡山でも梅雨が明けている筈なのだが、しかいここ10年くらいは温暖化の影響なのか梅雨が明けていない事も多くなってきていて、僕にはビール祭りは雨のイメージがある。幸い去年と今年は土日に限り天候には恵まれたようだが、そういう傾向が多くなって来ているのなら日程を少々ずらしておこなうのがいいだろう。まぁ開成山球場を会場にするという時点で夏の高校野球と期間がカブってしまうから、どのみちビール祭りの方はずらす必要がでてくるので、お盆休みということになるだろうか。お盆休みは正月とは違い、冬の気が引き締まるような冷たい空気もないし、新年を迎える厳かな感覚も全くなく、夏の暑さや気怠さのなか仕事も休みで気持ちがゆるゆるになっているところに、このゆるゆるなビール祭りは最適ではないかw。それにお盆休みだと息子や娘が家族をつれて帰省してくる事もあるだろうから、お盆期間中に開催されていれば親戚一同引き連れて行ける暇つぶしに持って来いだし、そうすれば長男の奥さんなどは食事の準備等もちょっとだけ休めるし、案外いい事づくめのように思えるではないか。

それから次に出し物いうことになるが、現状では地元の各団体に協力を頂いているということなのだろう。うねめまつりの記事にも書いたがこういったイベントに協力してくれるのは、報酬の有無に関わらず大変有難いことだとは思う。しかし、集客という視点で見ればこれまた安直であるが、お笑い芸人や、タレント、アイドルを呼んでくるというのが常道だと思える。例えば、市内にある小売店のイトーヨーカドー、イオン、S-PALなどは不定期にタレント等を呼んできて、それなりに集客効果を上げている。今年の3月頃だったか、S-PALのイベント広場が人混みで騒然としていた事があって一体何事なのかとおもったら、土屋アンナが来ることになっていたようなのだが、雪で飛行機が遅れていつ到着できるか分からないと言う事があった(結局来たのか来なかったのかは不明)。地方においては芸能人というのはまだまだ珍しいもので、人を呼び寄せる効果を持っているといえる。何も僕は地元団体の出し物を否定している訳ではなくて、役割分担でお互いに補完しつつやりましょうよということなのである。無論タレントを呼ぶにはお金がかかるが、しかし何の投資もせずに結果が出ることはあり得ないのだから、臆せずビール祭りを盛り上げる為、堂々と呼べばいいのだけの事だ。

地元有志のダンスパフォーマンス
dance.jpg

最後にビール祭りの告知やアクセスなどについてであるが、残念ながらこれは失格である。このネット時代にTV CMを盛大に流す必要もないしチラシやビラなどもバラ撒く必要もない。基本的にはビール祭りの日程とプログラムがまとまっているPDFあればよく、これを印刷するまでもなくそのままスマホで見ればいいのである。しかしそのネット上にはこれしか(プログラムが無い)載せられておらずこれではあまりにもお粗末に過ぎるだろう。そもそも商工会議所がどれだけネットに対しての認識をしているのか定かでないが、しかしこういう見方ができるとだけは述べておきたい。1995年Windows95の登場とともに普及しだしたインターネット。当時インターネットに手を出し始めた20代・30代だった人達はあれから20年を経て、それぞれ40代・50代の年齢となっている。さらにそれ以下の世代は既に学校教育にてネットを活用し学んできているのである。つまり50代以下は全てネット世代と言う事ができ、この事を鑑みれば極端な例えではあるが「ネットに無ければそれは存在しないも同じ」なのである。
それからアクセスについては、酒を供するイベントであるから基本的には路線バスを推奨すべきで、行きは市役所経由のバスは本数も多いからいいのだが、帰りが問題でビール祭りの終了が21時で郡山市役所から21時4分発のバスに乗ると、21時18分郡山駅前到着になるが、残念ならがほとんどの最終バスが出た後になってしまう(郡山駅前発の各方面の最終は20時45分~21時15分に集中している)。福島交通も最近ではある意味であざとくなって来ているから(これはいい意味でとっていただきたい)、需要があるとなれば臨時バスぐらい出すようになるだろうが、現状ではそうなっていないので、ビール祭りの終了時刻の繰り上げなども検討しなくてはならないだろう。きちんとしたイベントであるならば、勝手に来て勝手に帰れという訳にはいかないのだ。

以上ざっとビール祭りについて考察してみた。その詰めの甘さから外部監査人の突っ込みが入ってしまっているが、福島県にある都市の雄であるからこそ、現状の内向きでしょっぺぇ祭りから脱皮し、市民はもとより市外からも人を呼べる盛大なイベントに成長する事を期待したい。

見てるだけでまざりたくない?...うねめまつり

郡山の夏の風物詩であるうねめまつり(郡山の夏はビール祭りに始まりうねめ祭りを経て安積町の花火大会で終わるのだ)今年は丁度50回目の開催となり節目の年であったようだ。

その始まりは50回目という事からも分かる通り藩政時代から続くといった長い歴史があるものではなく(藩政時代の郡山は一介の宿場町に過ぎずそもそも大して歴史がないのだ)、50年前となるその当時郡山市の市町村合併があり市と商工会議所が中心となって、郡山には元々夏祭りがなかった事もあり郷土のうねめ伝説をモチーフとして作られた事に由来する。その目的に市町村合併による市民の融和を図るといった理由付けも有ったのだろうと思われる。

さて、そのうねめまつりであるが今となってはその目的も失われ惰性で続いているようなもので、残念ながら市民の関心も少々薄れてしまった状態にある。興味の無い市民からすれば「今日はうねめまつりか、交通規制で駅前が混むなぁ」位の意識しか無いだろう。そこで今回はうねめまつりについてなぜ市民の関心が薄れてしまっているのか、そしてどうすれば市民の興味を取り戻せるのか少々考えて見たい。

まず真っ先にうねめまつりで言えることは、祭のメインイベントたるうねめ踊り流しに使われる「うねめ音頭」がどうにも古臭いと言う事だ。「♪皆さん見でねでまざんねがい(標準語訳:皆さんも見ていないで一緒にやりましょうよ)」などというくだりはもう昭和臭がプンプン漂い惨憺たる気持ちにさせられ見てるだけでまざりたくなくなってしまう。うねめまつりを始めた当時は夏祭りといえば盆踊り的な発想しか出来なかったのも致し方なかろうが、いかんせんうねめまつりを回を重ねて続けていくにあたりアップトゥデートで時代的な要素を織り込まず変化できなかったのが最大の敗因なのだと思う。

いきなり結論を書いたようになってしまったが、しかしそれは郡山市民がみんなが感じていることで、昔一緒に仕事をしたとある会社の社長さん(フリーランスというか自営だから社長ということになる)がこんなことを言っていたのを思い出される。「あの古臭い踊り流しではなくて、もっと面白い事が出来ないものかと…例えば春姫が奈良の都から逃げ帰る際、追っ手から逃れる為、坂の上から石を転がし落として抵抗したという故事があるのだからそれに因んで、桜通りの虎丸を出発し八幡坂を大玉(巨大なボヨンボヨンしたバランスボールのようなもの)を転がして下り、追っ手に見立てた張り子を作りそれに大玉をぶつけてぶっ壊す。なんてのはどうだろうかと、確かにバカバカしいといえばバカバカしいが、バカな事を思いっきりやるから面白いんじゃないかと…」石を落として抵抗したという故事の信憑性やその内容はともかくとして、やっぱりみんな多少なりともうねめまつりをどうにかしたいと思っているのである。

僕自身もうねめまつりは久しくいっていなくてブログのネタに使えるかなと言う訳で、今年は久しぶりにうねめまつりを見にいってみることにした次第だ。とはいっても丁度その日は八木眼科にコンタクトを取りに行く用事があったのでそのついででもあるのだが…(このあたりに関心の低さがあらわれている)。さて眼科の用事を終えた午後3時過ぎ駅前大通りへ向かっていくと、やってるやってる。先ずはざっとイベントをみてみよう。

自衛隊マーチングバンドのパレード。この後、郡山北高・喜久田小と続いた。
郡山市は音楽都市を標榜しているから駆り出されたといったところだろうか?
marching_band.jpg

滝のモニュメントがある駅前広場では、浴衣コンテストなるものを開催。左隅の司会の女性が美人だ。
yukata_contest.jpg

ミスうねめの皆さんとがくとくん。
miss_uneme.jpg

ゆるキャラ復興会議2014。
姉妹都市久留米市のゆるキャラ「くるっぱ」、だが坊やの表情は冴えない…。
kuruppa.jpg

メインイベントのうねめ踊り流し。
uneme_odori_nagashi.jpg

巨大な太鼓もやって来ました。
巨大な太鼓もやってきました

久し振りにうねめまつりに来てみたが、僕が思っていた以上に人出があったことは何よりも驚いた。これ程郡山駅前に人出がある事は残念ながら他にはないし、イベントなどもライブや浴衣コンテストなどの在り来たりなものから、ゆるキャラ復興会議と称するブームに便乗したものまで祭のイベントとしてそれが面白いかどうかは別として、何かをやってとりあえず盛り上げようとする意気込みは感じられた。この人出は郡山市民がうねめ祭りに対しまだまだ期待していると言う事であるとも受け取れたし、個人的な感想を述べれば仙台の七夕祭りよりも祭りとしてはずっと楽しめるとも思えたのだ。実は6月~10月の間、僕はしばらく出張で仙台で過ごしていたので(だからこのブログの更新も間があいてしまった)ちょうど仙台七夕祭りも見てきている。七夕祭りはさすがに仙台のアーケード街を埋め尽くす程に人・人・人で溢れているものの、ただただ七夕飾りがぶら下がっているだけでこう言っちゃ悪いがなんともつまらない祭りだった。祭りとしてはうねめ祭りの方が勝っていると言ってしまってもいい。しかし仙台七夕祭りよりマシだといってもいまひとつ精彩を欠くのもまた事実だ。さらに一つだけ七夕祭りに有ってうねめ祭りには無い物が有って、実はそれこそが今後のうねめ祭りを左右する決定的な要素であり、うねめ祭りがそこそこな祭りから脱皮するために必要であると考えるのだがそれは後述することとして、まずは僕なりにうねめ祭りに対し幾つかの提案をしてみようと思う。

・とにかくどうにも古めかしいうねめ音頭は作り直すべし
冒頭に書いた通り、とにかくこの古めかしいうねめ音頭は早急に刷新すべきである。それも1回作り直したからといってまた何十年も使い続けるのではなく、4~5年間隔で作り替えていくことにすれは常に時代にあったものとなるだろう。さらに郡山市は音楽都市を標榜しているのだからいっその事公募してしまうとよいのではないだろうか?つまり人材育成の観点からプロ・アマ問わず若手(25歳以下)に限定して公募してしまうのだ。採用作品にはもちろん賞金をつけてささやかではあるが将来を担う人材を発掘・支援するのも音楽都市の使命ではなかろうか。またこういった事を粘り強く続けていけば後日有名な人が出た際に実はあの人若い頃にうねまつりのテーマを作った人なんだよというこ事も起こってくるだろうし、郡山に縁やゆかりもできるのではなかろうか。(若干例えが異なるがうすいのCMに若かりしころの浅野ゆうこが出ていたのは郡山市民ならご存知の筈だ)

・目立ちたがりを(失礼)担ぎ出せ!
今回僕がうねめ祭りを見ていて「おっ」思った事が一つあった。それは写真のミスうねめのパレードなのだが、そのクルマを出しているのが地元のロードスターのオーナーズクラブの方々だと言う事だ。最初にひと目見たときは、クルマもだいぶヤンチャ仕様だしなんて目立ちたがりな人達なんだw(失礼で申し訳ない)と思ったけれど、しかし改めて考えればこれは大変すばらしい事ではないかと考えを直したのである。仮にこれがクラウンのオープンカーだったら業者に頼んだのだなぁと思ってお終いだろうが、趣味が高じたとはいえこうやって自分の時間を投げ打って(会社だって土日が休みとも限らない訳だし休み出なければ有休をとらなくてはならないだろう)うねめ祭りに協力してくれるのだから非常に有り難い事だと思ったのだ。確かに言ってしまえは愛車の見せびらかしの場には違いないが、こういった目立ちたがりや出たがりさんを(おだてて←一言多くてスマン)担ぎ出す事が、後述するうねめ祭りを凡庸なまつりから脱皮させる鍵はここ隠されていると感じたのだ。

地元ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレード。
趣味が高じたとはいえこうして協力してくれるのは素晴らしい事だ。
地元ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレード。ミスうねめのパレード。趣味が高じたとはいえこうして協力してくれるのは素晴らしい事だ。

・楽都を標榜するなら生演奏をしてもらおう
郡山市は楽都を標榜しているから、市民楽団の人達も担ぎ出し、公募して作ってもらったうねめ祭りのテーマを、弦楽、ピアノ、木管、金管などのアンサンブルを滝のモニュメントがある駅前広場で生演奏するのである。その生演奏をそのまま駅前大通りに流し、それをもってうねめ踊り流しをするのである。もちろん市の売りである合唱でやってもいいし、ギター抱えたロック少年というのだって有りだ。複数団体で行えば1演奏10~15分位で交代して2時間の踊り流しの演奏をこなす事も出来るし、自分達の演奏のアピールにもなる。そうすれば音楽の裾野を広げるきっかけに繋がっていく筈だ。

・何か腕に覚えがある人達をボランティアで担ぎ出せ
さらにさらにこの方針を徹底して、その道で趣味が高じた人達も担ぎだしてボランティアとして協力してもらうのである。一般にボランティアというと、人員誘導など警備にかかる経費を浮かせたいといったようなしみったれた考えがあるようだがそう言う事ではない。万が一ボランティアに誘導させて事故でも発生したらその責任は誰がとるのかといった問題だってありえる。僕が言っているのは色々なジャンルで腕に覚えがある人達、それはプロとして技術を持っているという人だけでなく、素人だが趣味が高じて相当な腕前を持つ人達等も担ぎ出してその腕前を存分に発揮してもらうのである。最初は当人も敬遠するかもしれないが、回を重ねていけば上記のロードスターのオーナーズクラブの様にきっと快く引き受けてくれるようになる筈だ。(ロードスターのオーナズクラブによるパレードは2000年頃から行っているようだ)
例えば僕がうねめ祭りの写真をとっていた際も、沿道には白レンズを装着したカメラで祭りを撮影をする人達を何人も見かけた。この人達に正式に祭りの撮影を依頼し祭りの様子を撮影してもらい、そして撮影した写真はコピーライターにキャッチコピーを付けてもらい、webデザイナーに依頼しうねめ祭りアーカイブとして毎年ネットに公開するといった具合だ。(僕の様な駄文を弄するブロガーは論外だけど)数多のごとく存在するブロガーには文才を持った方がたくさんいるから、素晴らしいサイトやコピーもお手の物だろう。又、8月中はモルティ1階の展示スペースに今年の分をうねめ祭り写真展として展示するのもいいだろう(8月は商売が暇な時期だから可能なはずだ)。年をかさねれば郡山市の見事なアーカイブアルバムが出来上がる次第だ。もちろんここに書いたのはほんの一例に過ぎず、他にも色々な事ができるのではないかと考えられるのだ。何かとりえある人には協力してもらい持てる技は出し惜しみ無く披露してもらうのである。

・メインイベントのうねめ踊り流も大胆に変更
さらにメインイベントのうねめ踊り流しであるが、これも大胆に変えてしまう必要があると思う。どうにも古臭いうねめ音頭もさることながら、この踊り流しもまた問題を感じる。それはうねめ踊り流しが地元優良企業がお付き合いで(渋々)行うものといった雰囲気をかもし出していて、(僕の様な自転車をこいでる中小企業の従業員の負け犬の遠吠えに過ぎないが)なんだかピラミッドの頂点に立つ地元の優良企業が(銀行やマスコミ等)、やってあげているのだという選民思想すら漂うのだ。まぁそこまで大げさではないにしろ、踊ってる人達が少なくても楽しそうではないのだから、見ている方だって楽しい訳がないのは確かなのである。
そこで踊り流しをしているミスうねめを見ながら思いついたのは、いっその事大胆にこの踊り流しをコスプレパレードにかえてしまったらいいのではないだろうか?ミスうねめの衣装を見れは、なるほど現在のコスプレに通じるところもあると感じるし、昨今のハロウィンを鑑みればコスプレが大ウケで盛り上がりをみせているのはご存知のとおりだ。長年取り組んできた川崎市あたりを参考にし、初めのうちはコスプレイヤーを呼ぶなどして市民になじんでもらい、後はなじんでしまえはシメたもので飛び入りもOKでやってしまえばいいのである。そのうち面白そうなことを嗅ぎつけた外人なんかもやってきて大いに盛り上がるようになるのではなかろうか?

ミスうねめの衣装は、現代のコスプレに通じるものがある。
costume_play.jpg

・うねめまつりに無い物とは?
さて、うねめまつりに無い物とは一体何なのか?それはうねめ祭りのその出自にある。先にも書いたとおりうねめ祭りは市と商工会議所が作った祭りである。それが故市と商工会議所が何かやるのだろうといった具合で自分達の祭りという意識が希薄なのだ。例えば、9月下旬に同じく駅前大通で行われる安積国造神社の例大祭は、小学生低学年では山車を引っ張り高学年では神輿を担ぐ。子供心に神社の祭事がどうのこうのなどとは全く考えもしないだろうが、しかしそういったことから例大祭は自分達の祭りであるとの認識が醸成されるのである。又、つまらないと書いた仙台の七夕祭りだって明治期に新暦の採用によってすたれてしまった七夕を昭和初期に地元の有志達によって復活させた訳でそれはやはり自分達の祭りであるという思いがあるのだ。

・自分達の祭りを取り戻せ
まずは、先に書いた通り目立ちたがりやさんには存分に目立ってもらう、腕がある人にはその腕を存分に発揮してもらうといった具合で先鋒を担いでもらい、市民参加型の祭りの呼び水にする事が、ロードスターのオーナーズクラブによるミスうねめのパレードの所に書いた隠されていた鍵であり、特に何にもとりえの無い人だって、ドンキでコスプレ衣装を買ってくればすぐに参加できますよ~となれば、それが自分達で演出し自分達で参加し自分達で実行する「自分達の祭り」を取り戻すこととなり凡庸なまつりから脱皮出来る条件であると考えた次第である。それは冒頭古臭いと切って捨てたうねめ音頭の一節である「みなさんみでねでまざんねがい」といちいち言われなくとも実践することができるのだ。

・祭りを行う際の環境整備も怠るべからず
さて最後に祭りを行うに当たり、駅前の環境整備も行う必要があると言う事も述べておこう。
今回うねめ祭りをみて「へぇ~」と思ったのは祭りにはつき物の露店が中町夢通り(うすい~ビューホテルアネックス間)に集約されていたことだ。確かに駅前大通の歩道は祭りを見物するためのスペースとして確保できるし、露店も集約してるから独特の雑多な感じもでて、こはれいいと感じた。

さらに、2つ3つ提案させてもらうなら、うねめ祭りでも結構な人出があったから随所にオーロラビジョンをちょっと腰を下ろして休める所と合わせて設置するといいだろう。(そこに露店を出してもかまわない)これは2013年に福島市で行われた六魂祭での僕の経験なのだが、とにかく人が多すぎてあらゆる所で入場規制をしいていて、例えば福島駅の構内から人を追い出し入場させず、電車が来たときだけ電車に乗れる分の人数しか切符を売らなかったり、祭りのパレードが行われる通りは1つ前の路地におまわりさんがいて、そこから先に進めさせないといった有様でどうにもいる場所が無く、ブルーインパルスだけを見て渋々帰ってきた事があった。折角来てくれた観光客がこんな目にあったら、悪い印象を与えてしまい2度と来てくれなくなってしまうではないか。

それに関連して、うねめ祭りを行う際には駅前大通りを封鎖して行うが、この際路線バスは駅前区間のバス停が休止となるが、これはやはり問題があると思える。市内を走る路線バスはともかくとしても、都市間を結ぶ高速バスは地元民とは限らない訳で、地理不案内な地でとんでもない所で下ろされたりするのもたまったものではないだろう。日の出通りを早急に整備し、迂回運行で郡山駅前のバスターミナルに到着するように公共交通を確保する事も必要だ。

それから折角いろいろな出し物をするのだからみんなに見てもらうよう演出する必要もあるだろう。例えば、ゆるキャラ復興会議だが、只だらだらとふれあいするだけでなく、はるばる遠路来てもらっているのだからステージに上がってもらい(そうすれば写真だって撮りやすいし)、○○県の誰々ちゃんで、地域の産品はコレコレですとキッチリ紹介してあげればいいだろう。そしてその地域の産品は、祭りの期間うすいの催事場でゆるきゃらご当地物産展として行うなどして相乗効果を狙うの事だって有りではないだろうか?

ステージに上がるがくとくんと片方の名前は知らないw
こんなことが無いようにキチンと紹介してあげればよいのだ。
ステージに上がるがくとくんと片方の名前は知らないw

以上、僕が考えたうねめ祭りの活性化案である。一個人が考えたトンデモプランかも知れないが、しかしうねめまつりがいつまでも古臭く凡庸なまつりでいる訳には行かないのだから、何がしかの手を打ち今以上に盛り上がりを見せるようになることを切に願うものなのだ。
プロフィール

あさか野

Author:あさか野
郡山の行く末を思案するロスジェネ世代の郡山市民

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR